戦後ブラジルの「勝ち組」「負け組」の分断を二人の主人公の運命に託して描くメガノベル 葉真中顕『灼熱』

レビュー

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灼熱

『灼熱』

著者
葉真中 顕 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103542414
発売日
2021/09/24
価格
2,860円(税込)

書籍情報:openBD

戦後ブラジルの「勝ち組」「負け組」の分断を二人の主人公の運命に託して描くメガノベル 葉真中顕『灼熱』

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

■物語は。

これから“来る”のはこんな作品。
物語を愛するすべての読者へ
ブレイク必至の要チェック作をご紹介する、
熱烈応援レビュー!

■『灼熱』葉真中顕(新潮社)

戦後ブラジルの「勝ち組」「負け組」の分断を二人の主人公の運命に託して描くメ...
戦後ブラジルの「勝ち組」「負け組」の分断を二人の主人公の運命に託して描くメ…

 戦後日本の高度経済成長期を象徴する標語「一億総中流時代」がバブル崩壊によって潰えたのち、新世紀突入後に流行した「勝ち組」、その対義語の「負け組」という言葉は、先の大戦由来のものだった。そこまでは、メディアの情報を通じて知っていたという人は少なくないだろう。しかし、その先は? 日本社会において声をあげられずにいる、もしくは叫びをかき消されてしまう弱き者たちの心情を掬い取ってきた葉真中顕の最新作『灼熱』は、戦後ブラジルの日本人移民社会を分断し、二三人もの死者を出した「勝ち負け抗争」と呼ばれる、知られざる歴史的事件を題材に据える。
 一九九一年のブラジルに生きる「呪術師の老婆」の昔語りをガイダンスにしながら、本編は一九三四年に始まり終戦、戦後へと少しずつ時を刻んでいく。当時を生きる主人公=視点人物は、二人いる。一人目は、沖縄出身の勇だ。鬱屈を抱いていた一二歳の少年は自らの意志で両親と離れ、父親の従兄弟の養子となり移民船に乗って「家族」でブラジルへとやって来た。住居として提供されたのは都市から五〇〇キロ離れた僻地、弥栄村だ。二人目の主人公トキオはブラジル生まれ、弥栄村で最大規模の農園を経営する南雲家の長男だ。大人びた少年は、同い年の勇が沖縄出身を理由に差別されているのを目にして〈心臓が跳ね〉る。〈どんな事情があるにせよこの少年を助けなければならない、そう思った〉。勇はトキオに憧れ、トキオは勇を庇護する。そんな二人の友情は、時が経つにつれひび割れていく。背景には、ブラジルが連合国側に付いたことで不安定になった日本人移民社会の現実があった。ブラジルに根ざした南雲家は「国賊」と呼ばれ村を追いやられる、その策謀の一端を勇は担ってしまう。戦争の残酷さは、血や死によってのみ表現されるものではない。「無二の親友」同士が戦争によって友情を引き裂かれた、その一事をもって描くこともできる。
 離れ離れになった二人は、文通によって交流を続けていた。そして一九四五年八月一五日、運命の玉音放送がブラジル全土にも響き渡る。田舎ゆえ情報に乏しくラジオの音声もひび割れた状態だった勇は、日本は勝ったのだと勘違いした──いや、信じたがった。都会にいたトキオは、降伏の事実を理解することができた。二人は「戦勝派」(勝ち組)と「認識派」(負け組)に分かたれてしまう。その瞬間、戦中戦後のブラジルを舞台にしたこの物語が描いていることは、フェイクがはびこる現代日本で起きていることそのものであると、否応なしに気付かされるだろう。
 熱さと切なさががっぷり四つに組み合う圧巻の物語は、構成のうえで際立った特徴を持つ。本編全六六〇ページのきっちり真ん中、三三〇ページで玉音放送が登場するのだ。ハリウッド映画の脚本術でいうところの「ミッドポイント」、前半から後半へ、仮のテーマから真のテーマへと移行するポイントを、ここまで律儀かつ明快に取り入れたことは、著者にとってかつてなかったのではないか。その他のエピソードや人物の配置にも、エンターテインメントの定石をあえてなぞろうとした痕跡が見て取れる。物語の構成法や脚本術は、「書けない」人のためだけにあるのではない。題材に思い入れを持つ創作者が「書き過ぎてしまう」ことを避けるための、“縛り”としても機能するのだ。
 再読し、物語の構造や二人の主人公の感情曲線の美しさに気付けば気付くほど、この題材に対する作者の思いの熱さを知った。二〇二一年の今、今すぐ読まれるべき傑作だ。

■あわせて読みたい

■『ヒストリア』上・下 池上永一(角川文庫)

 第二次大戦後、沖縄から南米ボリビアへ移民としてやって来た知花煉の物語。過酷な自然に何度もひざまずきながら、この地に根をおろすことを決めるが──沖縄で落としたマブイ(魂)がもう一人の知花煉となって別の人生を歩み出す。「二人」の軌跡を辿ることで、戦後の世界史が多層的に表現されていく。

KADOKAWA カドブン
2021年10月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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