『仁義なき戦い 菅原文太伝』
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<東北の本棚>飢餓俳優の東北人気質
[レビュアー] 河北新報
「男が惚(ほ)れる男」、俳優菅原文太(1933~2014年、仙台市出身)の等身大の姿を浮き彫りにした評伝だ。監督や俳優と織りなす人間模様が、邦画の一時代をほうふつとさせる。
文太の代表作「仁義なき戦い」の深作欣二監督との別れを描いた序章が印象的だ。深作を慕った渡瀬恒彦らが見舞った後、臨終に立ち会ったのが文太だった。「仁義なき戦い」で一躍東映の看板になった文太と、「客が呼べる監督」になった深作。成功は皮肉にも2人の道を分け、交流はほとんど途絶えた。古風なイメージの文太だが、人間関係は「意外に希薄」。背景に3歳の時の両親の離婚がある。「飢餓俳優」と呼ばれた文太の本質を「一番飢えていたのは、親の愛情ではなかったか」と喝破する。
文太は河北新報記者で画家を目指した父親に引き取られ、栗原市の実家で過ごした。築館中学時代に地区演劇大会で演じた村人役が評判になり、喜んだことがある。友人に後年、俳優志望のきっかけを問われ、文太は「思い出さなかったと言えば、うそになる」と答えたという。
松竹でくすぶっていた文太は、インテリやくざの俳優安藤昇と出会って東映に移籍し、転機をつかむ。東映デビューは高倉健主役の「網走番外地 吹雪の斗争(とうそう)」。後に「トラック野郎」を撮る鈴木則文監督は撮影所で文太を見掛け、「孤独と反抗の翳(かげ)をひきずっているような独特のムード」に胸がざわめいた。脱任侠映画を模索していた深作は、文太を「同志」と思う。こうして文太はスターの道を歩んでいく。
東映の脚本家高田宏治は文太に、雪に閉ざされる厳しい風土から出てきた人間の匂いをかいだという。著者がそれを実感したのが、取材で栗原市に向かった時。どか雪の前兆である雪雲に圧倒され、文太の頑固さ、寡黙さに見られる東北人気質に思いを巡らせている。(会)
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