<東北の本棚>霊場寺院の本質に迫る

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山寺立石寺

『山寺立石寺』

著者
山口 博之 [著]
出版社
吉川弘文館
ジャンル
歴史・地理/歴史総記
ISBN
9784642059237
発売日
2021/04/19
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

<東北の本棚>霊場寺院の本質に迫る

[レビュアー] 河北新報

 山形県が世界に誇る名刹(めいさつ)、山寺立石寺(山形市)。松尾芭蕉が残した名句「閑(しず)かさや岩にしみ入る蝉(せみ)の声」の舞台を巡り、本書は遺物を土台とした歴史学、民俗学的な考察と共に、日本の仏教史に残した重要な足跡を詳述する。元山形県立博物館学芸専門員で東北学院大東北文化研究所客員研究員の著者が、豊富な現地調査とあまたの先行研究を基に、1100年以上にわたって信仰を集める霊場寺院の本質に迫った。

 2人のキーパーソンが登場する。まずは天台宗の高層、慈覚大師円仁。開祖最澄の遺志を継いで東北への巡礼にまい進し、860年、立石寺を創建した。奥羽山脈の懐、巨大なびょうぶ岩を臨む地に、円仁は強い霊性を感じたのだろうか。狩人から一帯を譲り受けたという伝説が残る。

 立石寺は中世の頃、各地から僧が集まる一大寺院となった。信仰を集めた源は、円仁以来の「不滅の法灯」とその墓「入定窟(にゅうじょうくつ)」の存在だ。円仁入滅を巡っては、比叡山で没後、埋葬地から出羽国に飛び去ったなどの伝承があり、どちらが本当の墓かという論争に発展した。入定窟を調べた戦後の大規模調査で、ひつぎの中から円仁木像の頭部と本人の遺骸を含むと推定される人骨が見つかり、比叡山から山寺へと遺体の一部が移されたというのが定説となった。

 戦国の世から江戸時代にかけ、身命を賭したのが中興の祖とされる円海。16世紀初め、地元勢力の迫害で不滅の法灯を失うなど一山存亡の危機に立たされるが、延暦寺からの分灯に成功し、山形の盟主最上氏の保護下で再興を果たす。円海はさらに、織田信長からの焼き打ちを受けた延暦寺復興のため、法灯を帰還させる国家プロジェクトを数年がかりで実現させた。118歳まで生きたレジェンドだった。(浅)
   ◇
 吉川弘文館03(3813)9151=1980円。

河北新報
2021年10月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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