人種差別×男女差別、生存を賭けた闘いの歴史に目を開かれる『二重に差別される女たち』

レビュー

5
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二重に差別される女たち ないことにされているブラック・ウーマンのフェミニズム

『二重に差別される女たち ないことにされているブラック・ウーマンのフェミニズム』

著者
ミッキ・ケンドール [著]/川村まゆみ [訳]/治部れんげ [解説]
出版社
DU BOOKS
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784866471501
発売日
2021/08/27
価格
3,080円(税込)

書籍情報:openBD

交差性から生まれる〈生存のフェミニズム〉

[レビュアー] 海老原弘子(アナキズム愛好家/イベリア書店事務員)

 米国シカゴの「フッド」と呼ばれる低所得層地域で育ったミッキ・ケンダルは入学した大学の図書館でフェミニズムと出会う。そこで触れたテキストの多くが明らかに自分のような少女を扱っているものの、研究対象でしかないということに気づき、当事者の立場から語る必要性を体感したことから生まれたのが本書だ。

 序章を一九二四年生まれの祖母の話から始めるケンダルは、米国の黒人女性の生存闘争の継承者である。彼女の祖母の世代の闘いの延長線上に「家事労働に賃金を!(Wages for Housework)」運動があることに気がついた時、その歴史の重みが一気にリアルなものとなって迫ってきた。フェミニストのシルビア・フェデリーチが、イタリア発祥の運動が米国では奴隷制反対運動の影響を受けて始まったこと、黒人女性が主体の「Welfare Mothers(生活保護で暮らす母親)」が中心的な役割を担ったことを語るインタビューを思い出したのだ。七〇年代に巻き起こった生活保護制度バッシングに対する抵抗として始まったのが「家事労働に賃金を!」である。差別を搾取の正当化に用いる資本主義社会の中、人種と性別という二重の差別から失業や低賃金に苦しんできた黒人女性にとって、無償とされてきた家事労働への対価を求める運動は生存を賭けた闘いであった。

 自らと家族の生存のために立ち上がった女性たちの〈生存のフェミニズム〉の末裔だからこそ、ケンダルは一貫してホワイト・フェミニズム(白人女性を優遇して、有色人種の女性を排除するフェミニズム)に厳しい目を向ける。そして、黒人女性たちが生存の糧とした家事労働をあたかも商品のように扱うホワイト・フェミニズムを「ほかのコミュニティーの犠牲の上に成り立ち、個人の前進に重きを置くフェミニズムを、モデルとして受け入れることはできない」と批判するのだ。彼女がシングルマザーの経験を「社会的セーフティーネットのおかげで、暴力を振るう元夫と別れても暮らしていけた」と語るとき、七〇年代の女性の手で護られた権利のおかげで本書が存在するという歴史の連続性が目の前に広がる。

 全一八章の本編で扱うテーマは貧困、暴力(DVやフェミサイド)、教育、住宅といった生活の問題から、リーン・イン、レイプ・カルチャー、ルッキズム、カラリズムなど多岐に亘る。ケンダルは様々な事象に真正面から斬りこみ、米国の社会の問題を紐解きながら、差別とは社会の制度が生み出す問題であることを明らかにしていく。その言葉は「自己責任」を繰り返す新自由主義の呪縛から私たちを解き放ち、社会にも責任があることを思い出させてくれる。

 ジェンダーギャップ指数世界一二〇位の国とコロナ禍という二重の脅威から生存を脅かされている私たちは、ケンダルのような〈生存のフェミニズム〉を切実に必要としている。序章でケンダルは言う。「わたしは、自分を犠牲にしてほかの人たちを喜ばせることに、(中略)こだわっていない」と。自己犠牲を手放したところに〈生存のフェミニズム〉が見えるはずだ。

河出書房新社 文藝
文藝2021年冬季号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河出書房新社

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