精神科医が直面した司法の闇と現実

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刑務所の精神科医

『刑務所の精神科医』

著者
野村俊明 [著]
出版社
みすず書房
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784622090373
発売日
2021/09/14
価格
2,970円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

精神科医が直面した司法の闇と現実

[レビュアー] 藤井誠ニ(ノンフィクションライター)

 刑務所や少年院への取材を続けていた時期が何度かあった。それらの矯正施設は犯罪傾向の進度や年齢、性別、医療行為を施す必要性の有無などによる「収容分類級」があり、私は累犯者や再犯者が多数いる刑務所に取材に出向くことが多かった。

 収容者や受刑者に話しかけてはいけないという決まりを告げられたが、頼み込むと、しぶしぶ刑務所側は―刑務所側が選んだ収容者や受刑者を―個別にインタビューさせてくれた。たいがいは判で押したような反省の弁をはきはきと答える「模範的」な者が「用意」されたが、少年院や刑務所内を刑務官と歩いていると、妙な風景に遭遇することがあった。

 収容されている者が房から工場などに移動する際は、原則として規律を守って行進するのだが、ときおり、あきらかな無駄口を叩いてふざけていたり、身体の姿勢を整えられなかったりする者たちの集団がいた。案内してくれている刑務官にたずねると、医療刑務所には収容されないが知的障がいの傾向がある累犯者が多く集められている房の者たちだという。とくに特別な処遇はしていないと刑務官は突き放すように言った。つまりは知的障がいが原因で窃盗などの犯罪を繰り返してしまう者たちが服役しているのだった。

 著者は精神科医として、医療少年院や医療刑務所等に長年勤務し、罪を犯した者たちの多くは精神病(質)だったり、パーソナリティ障害や発達障害を持っていたり、家庭環境のトラウマが原因で人格が歪んだとしか考えられない経歴を持っていたりすることを指摘する。〈刑務所には時々こうした「凶悪な犯罪」とは縁遠い人々がくる。近ごろは摂食障害のため食物の万引きを繰り返し、ついに実刑判決を受ける女性が少なくない〉、〈家族の中に居場所がなく、医療や福祉から「あぶれた人々」が矯正施設に居場所を定めるとしたら、それは誰にとっても住みやすく豊かな社会とは言えないことは間違いない〉との、著者の「刑務所の中」で得た知見には合点がいった。

 また一方で病院勤務の際に、自分の子どもを殺しても、犯行当時は「心神喪失」だったという精神鑑定を検事が採用、措置入院となり、のちに退院していく者を診て、〈罪悪感もほとんど抱いていないように感じられ〉、〈本当に「心神喪失─責任無能力─無罪」でよいのか〉と、割り切れない感情の吐露は刑事司法全体に向けられる。認知症と犯罪の関係など、塀の内と外をまたぐ課題を考えるうえで必読の書だ。

新潮社 週刊新潮
2021年10月21日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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