『ウォーターダンサー』
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神話的アプローチで描く奴隷解放への物語
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
新しい世代のアフリカ系アメリカ人を代表するジャーナリストによる初めての小説は、19世紀中盤のアメリカにあった、黒人奴隷を救出して北部の州に送る「地下鉄道」の活動を題材にしている。
「地下鉄道」といえば、4年前に邦訳が出たコルソン・ホワイトヘッドの『地下鉄道』が話題になった。地下鉄道は一種の隠語で実際に鉄道を走らせていたわけではないのだが、ホワイトヘッドの小説は「鉄道」が存在したものとして描いた。SF的に史実を虚構化したホワイトヘッドに対して、コーツは、神話的なアプローチでこの歴史を描く。
東部ヴァージニアで、白人で豊かな農園主の父と、黒人奴隷の母の間に生まれたハイラム。母と引き離され、黒人居住区で暮らすが、見たものをすべて記憶してしまう特殊な能力があり、聡明さを買われて父の屋敷に引き取られる。農園の跡取りである兄メイナードを助けてやってほしい、というのが父の願いだ。
ハイラムにはもうひとつ、隠された能力がある。祖母から受け継いだと思われる、「導引」と呼ばれるその力がどういうものか、ハイラム自身にも自覚されてはいないが、「地下鉄道」の活動にその力を使いたいグループが、彼に接触してくる。
これは、ハイラムの覚醒の物語だ。すべてのことを記憶しているハイラムだが、母親の記憶だけがない。なぜ記憶がないのか、その謎も次第に明らかになる。辛い記憶を欠落させてしか生きられなかった者たちが、記憶を回復し、記録として残していくことで、自分の人生を生きられるようになるのだ。
水が、物語の鍵になる。小説の文章も水の流れを思わせる流麗さで、たゆたうように、過去と現在を自在に行き来する。完成度の高いアニメーション映画を見ているようでもあり、ブラッド・ピットとオプラ・ウィンフリーによる映画化がはやばやと決定しているそうだ。