『ロスト欲望社会 消費社会の倫理と文化はどこへ向かうのか』橋本努編著(勁草書房)

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ロスト欲望社会

『ロスト欲望社会』

著者
橋本 努 [編集]
出版社
勁草書房
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784326603381
発売日
2021/07/01
価格
3,520円(税込)

書籍情報:openBD

『ロスト欲望社会 消費社会の倫理と文化はどこへ向かうのか』橋本努編著(勁草書房)

[レビュアー] 小川さやか(文化人類学者・立命館大教授)

倫理的消費 新たな快楽

 物質的な欲望から精神的な欲望の充足へ、倫理的市場の勃興、ブランド志向からシンプル志向へ。これらの消費文化の変容はメディア等でも耳にし、日常生活でも実感することだ。だがそうした現代の消費文化の変容を理論的・思想的に掘り下げた著書は、数少ない。本書は、前時代にみられる消費の欲望が衰退あるいは克服される時代を生きているという共通基盤に基づき、新たな消費文化の動向を見通す良質な研究書だ。

 序章では、「三種の神器」など人々の欲求充足を駆動因とした「近代」、記号や差異などの人々の欲望を増幅する装置を駆動因とした「ポスト近代」、諸個人が自分の潜在的可能性に関心を向けるようになった現代を「ロスト近代」に区分し、「ロスト近代」の消費文化を論じるための見取り図が提示される。第I部では、フェアトレードや環境に配慮した消費といった倫理的消費とは、「賢い消費」を志向する熟慮ある市民の頭でっかちな現象ではなく、「もうひとつの快楽主義」であるとする哲学者ケイト・ソパーの議論や、日常的なショッピングに内在する親密な他者に向けられた道徳性と倫理的消費における遠くの他者・抽象的な他者に対する倫理性との対立に光をあてた人類学者ダニエル・ミラーの議論が丁寧に読み解かれる。第2部以降は、ハンドメイド文化、消費者運動、産消提携運動における「顔の見える関係」、脱プラスチック運動、無印良品の経営戦略にみる「普通のくらし」、消費ミニマリズムの台頭などの事例研究を通じて、現代消費文化のフロンティアが豊かに切り取られる。

 環境問題が限界域に達した現代は、編者が述べる通り、「欲望の喪失が倫理的である時代」だ。本書は、欲望の喪失が「上からの啓蒙(けいもう)」や倫理の押し付けではなく、消費者の新たな「快楽」として生活の中から醸成されつつあることを提示する。いかなる時代でも欲望を代替的な快楽へと接続していく人間の営みこそが社会の転換を促す希望かもしれない。

読売新聞
2021年10月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加