『カミュ伝』中条省平著(インターナショナル新書)

レビュー

4
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カミュ伝

『カミュ伝』

著者
中条 省平 [著]
出版社
集英社インターナショナル
ジャンル
歴史・地理/伝記
ISBN
9784797680782
発売日
2021/08/06
価格
924円(税込)

書籍情報:openBD

『カミュ伝』中条省平著(インターナショナル新書)

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

 アルベール・カミュの代表作『異邦人』が、「きょう、ママンが死んだ」(現行の訳による)という文句で始まることは有名である。もちろんこれは語り手である主人公ムルソーの母の話であり、作品が発表されたときカミュ自身の母親は存命だった。

 著者、中条省平はこの書き出しに、難聴で口数少なく、字も読めなかった母親に対する、カミュの思いを読み取っている。母が抱えた苦しみと、沈黙の奥で通いあう愛情。それを感じながら育った少年はやがて、世界の不条理に絶望しつつも、現実に積極的に関わろうとする作家になった。

 レジスタンス活動やサルトルとの対立といった、カミュの人生の厳しい経験に加えて、太陽と海、女性たちや猫に注いだ愛情についても、本書は詳しく語る。困難な現実から目をそらさず、いま・ここで人間の自由を実現しようと抗(あらが)い続ける。そうした作家の姿勢の奥底には、世界の美しさをまるごと受けとめる感性が働いていた。著者による新訳の『ペスト』(光文社古典新訳文庫)とともに、そうした意味が伝わってくる一冊。

読売新聞
2021年10月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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