『皆川博子随筆精華2 書物の森への招待』皆川博子著、日下三蔵編(河出書房新社)

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皆川博子随筆精華Ⅱ 書物の森への招待

『皆川博子随筆精華Ⅱ 書物の森への招待』

著者
皆川 博子 [著]/日下 三蔵 [編集]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784309029740
発売日
2021/07/27
価格
3,080円(税込)

書籍情報:openBD

『皆川博子随筆精華2 書物の森への招待』皆川博子著、日下三蔵編(河出書房新社)

[レビュアー] 栩木伸明(アイルランド文学者・早稲田大教授)

多彩な作品 出会いと没入

 皆川博子はミステリと幻想小説を横断し、奔放な想像力と深い学識を駆使して、近代初期のヨーロッパなど、遠い時空を舞台にした物語に現実味を与えてきた。「小説は、花も実もある絵空事」であるという、柴田錬三郎の文学観に共鳴して、虚構を紡ぐ作家である。ジャンルの敷居を軽々と跳び越えてきた彼女は、その存在自体が新しいジャンルかもしれない、と言ってみたい気分にさせる。

 本書は皆川が、ミステリ、時代小説、海外文学、コミック、ホラーなど多種多様な作品との「出会い」を綴(つづ)った、書評や解説を集成した一冊である。

 巻頭には江戸川乱歩論が置かれている。美と醜が逆転する乱歩文学を、大人に隠れて読んだ経験を持つひとは多いと思うけれど、あの甘美な毒がもたらす体験をこれほど簡潔に、ありありと描いた文章をぼくは他に知らない。急所を引用する呼吸が見事だと思った。

 著者は明晰(めいせき)な論理を端正な文章で語りながら、本質をずばりと突く。南條範夫作品の「大人」性を「由緒ある旧家のたたずまい」にたとえ、泡坂妻夫の趣味である奇術と彼の本格ミステリの作風の響き合いを「簡単ではあるけれど周到な手段」と評し、藤沢周平の奥底にあった鬱屈(うっくつ)と自己救済の結実を「深い目」と呼ぶ。

 早世した服部まゆみの直木賞候補作を語りながら作者の生涯と美学をまとめ、バラの香りを放つ追悼文へと蒸留する解説からは、深い共感が静かに立ちのぼる。

 大好きなマンガ家坂田靖子について語ろうとすると、著者の声はほのぼのとした幸福感に共振して、うちとけた話しことばへと変容する。吉田良が制作した少女人形たちが持つ「毅然(きぜん)とした内世界」に感応し、その無垢(むく)と苦痛にのめりこむ著者の共感力にも脱帽する。

 皆川は敬愛する作家を称揚しながら、「私はすでに、赤江瀑の阿片(アヘン)に侵された者」と名乗り、「陶酔は、私の至福である」と告白する。表層的なリアリズムを嫌い、その対極にある幻想のリアリティーを追求してきた書き手は、我を忘れて他者に没入することを知るひとである。

読売新聞
2021年10月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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