気持ちまでリフォームされること請け合いの家族の物語――『ハッピーリフォーム』未上夕二 書評

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

ハッピーリフォーム = Happy Reform

『ハッピーリフォーム = Happy Reform』

著者
未上, 夕二, 1973-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041112519
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

気持ちまでリフォームされること請け合いの家族の物語――『ハッピーリフォーム』未上夕二 書評

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

■書評家・作家・専門家が新刊をご紹介! 
本選びにお役立てください。

『ハッピーリフォーム』
著者 未上 夕二

気持ちまでリフォームされること請け合いの家族の物語――『ハッピーリフォーム...
気持ちまでリフォームされること請け合いの家族の物語――『ハッピーリフォーム…

■『ハッピーリフォーム』未上夕二 レビュー

■評者:大矢博子(書評家)

 もうだいぶ前の話だが、住まいのリフォームをしたことがある。家族が病気で足が不自由になり、バリアフリーにするのが目的だった。トイレや風呂、玄関といった毎日必ず使う場所が最優先だが、我が家で最も大きな段差があるのは掃き出し窓とベランダの境だ。でもベランダなんて私が洗濯物を干すのに出るくらいだし……と思っていたとき、「ウッドデッキみたいにするのはどうでしょう」と担当者が提案してきた。
 嵩上げして部屋との段差を無くすだけではなく、部屋の床と色味を揃える。するとリビングが広くなった気がした。開放感が増した。そこにテーブルと椅子を出した。風を感じながら、春には桜を、夏には花火を眺めてビールを飲む。今や私の一番のお気に入りの場所だ。病気というマイナスを補うためのリフォームのはずが、生活が楽しくなるプラスのリフォームになった。
 未上夕二『ハッピーリフォーム』を読みながら、そのときのことを思い出した。
 主人公は木之本工務店に勤める二級建築士の楠さくら。彼女が請け負った四件の設計を連作の形で綴った物語である。第一話はスポーツ用品店のリフォーム。昔ながらの古い店舗を一新したいという依頼だったが、妻のやる気に対して店主である夫の態度が煮え切らない。第二話は老舗和菓子店の二号店。カジュアルな感じで若い人が気軽に入れるようなという営業部長の兄と、和の伝統を重んじたものをという製造部長の弟の意見が対立する。第三話はスポーツジム。他社とのコンペとなったが、クライアントが希望するジムのイメージが二転三転したり値切ってきたり。そして第四話は、近くにできたアウトレットモールに客をとられた四軒の店の再起計画だが、さくらに依頼してきた子供世代と親である店主たちとの間に溝がある。
 それぞれにどのような設計プランを出すかが話の軸だが、いずれも依頼側に問題があることに注目。夫婦の温度差、兄弟の不和、親子の断絶。さくらはそれらに振り回されながらも、問題の根がどこにあるのか、そこに暮らす人が、そこで働く人が、どうすれば幸せになれるのかを考える。つまりこれは建物のリフォームというモチーフを通して描く、家族関係や人間関係をリフォームする物語なのだ。こういう手があったかと膝を打った。さくらが最終的に提示するプランと、そこに辿り着くまでの試行錯誤をじっくり味わっていただきたい。これは家族の再生物語であり、新たな建物は過去から未来へ一歩を踏み出す、その象徴なのである。
 その背景にあるのが、さくら自身の家族の問題だ。建築士だった父の突然の死。残された借金。心を病んだ母とまだ幼かった弟。当時中学生だったさくらは進路を変え、夜学に通いながら工務店で働き始めた。それから八年が経ち、とりあえず暮らしは落ち着いているというものの、家族が抱える問題はまだまだ尽きない。
 すべての話で、さくらがクライアントに告げる言葉がある。「みんなで幸せになりましょう」──これが物語の核だ。他の人を犠牲にして誰かひとりが幸せになるのでは意味がない。誰かに我慢させて、それで安穏としていられるのは幸せとは言えない。「みんなで幸せになる」ことこそが大切なのだと、物語は告げている。諦めなければ、努力すれば、知恵を絞れば、「みんなで幸せになる」ことは決して不可能ではないのだと。病気の家族だけではなく介護する私にまで憩いをくれた我が家の「プラスのリフォーム」はまさにこれだったのだと、言葉にしてもらった気持ちだ。
 クライアントの物語、さくらの職場の物語、さくらの母や弟の物語、そして徐々に明らかになる父の死の背景といった複数の要素すべてを通して描かれる、「みんなで幸せになる」ための「生き方のリフォーム」物語である。読めばすっきり温かく、気持ちまでリフォームされること請け合いだ。

■作品紹介『ハッピーリフォーム』

気持ちまでリフォームされること請け合いの家族の物語――『ハッピーリフォーム...
気持ちまでリフォームされること請け合いの家族の物語――『ハッピーリフォーム…

ハッピーリフォーム
著者 未上 夕二
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
発売日:2021年10月29日

リフォームが幸せを呼ぶ、感動のお仕事小説
建築士だった父の背中を追い、木之本工務店に勤める二級建築士のさくら。彼女がクライアントに寄り添い提案する改築案は、彼らの生き方まで変えていく……。暖かくて感動的なお仕事小説!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322012000536/

KADOKAWA カドブン
2021年10月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク