体当たりの取材が開けた、希少で類をみない犯罪者の内的世界――『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』書評

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家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像

『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』

著者
インベ カヲリ★ [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784041109434
発売日
2021/09/29
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

体当たりの取材が開けた、希少で類をみない犯罪者の内的世界――『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』書評

[レビュアー] 信田さよ子(原宿カウンセリングセンター顧問、臨床心理士)

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『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』
著者 インベ カヲリ★

体当たりの取材が開けた、希少で類をみない犯罪者の内的世界――『家族不適応殺...
体当たりの取材が開けた、希少で類をみない犯罪者の内的世界――『家族不適応殺…

■『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』書評

■評者:信田さよ子
(公認心理師・臨床心理士。原宿カウンセリングセンター顧問)

 死刑になるためにやった、早く捕まって刑務所に入りたかった、という犯罪は珍しくない。そう豪語して、すみやかに死刑執行された犯罪者もいる。
 しかし、小島一朗はそれらとは一線を画している。死刑じゃまずい、有期でもまずい。とにかく無期懲役を勝ち取るために計画を練り、実行した。そして、望み通り一審で無期懲役という判決が出ると、法廷で万歳三唱を実行した。衝撃的なその報道に接して、多くのひとたちは彼は病気に違いない、精神鑑定が必要じゃないかと思ったことだろう。一般的には、理解不能な犯罪を最終的に了解・判断する手段として精神鑑定が行われる。ところが、小島一朗という人物は、精神障害とは言えず、発達障害もADHDのみと判定されたのだ。22歳の小島は、正気で冷静に新幹線内にナタとナイフを持ち込み、男性ひとりを殺害、ふたりの女性に重軽傷を負わせたのである。
 彼の主張は明快だ。子どものころからずっと少年院に入りたかった、成人してからは刑務所に入って一生を終えたいと願っていたからだと。責任能力があると判断されるために、つまり減刑されないために、彼は周到な論理を練り上げた。本書『家族不適応殺』を通読して思ったのは、「なんて抽象的な犯罪だろう」ということだった。どこか、ドストエフスキーの『罪と罰』に登場するラスコーリニコフにも通じる抽象度を感じさせられたのである。

 一人の少年のことを思い出す。父が母にDVをふるうので離婚したのだが、父は母と暮らす息子と会いたいと望み、家庭裁判所は原則それを支持した。父への恐怖が強い息子は父との面会を拒否したが、家裁の調査官は子どもの意見を取り入れなかった。どうして大人は、家庭裁判所の人たちは僕を守ってくれないのだろう。小学5年の彼は困り果てた、そして、図書館で憲法について書かれた本に出会う。日本国憲法全文を読み、「基本的人権」が自分にあることを知る。家庭裁判所の上に憲法があるのなら、僕の基本的人権を主張することで父との面会を拒否できないか、そう考えた。彼の母は、DV被害者としてカウンセリングに訪れており、息子の書いた作品を私に読ませてくれたのである。

 自分を保護し、安全基地であるはずの家族が、暴力と刃物によるカオス(混沌)でしかないとき、法律は唯一の子どもを守る武器になる。少なくとも小島はそんな少年だったのだろう。
 著者は信じられないと述べているが、小島の育った環境は「包丁家族」だった。何かあると包丁が出てくる家族は、カウンセリングでは珍しくない。小島自身も両親に金づちと包丁を投げているが、台所から包丁を隠す子どもは多いのだ。母親へのインタビューで、父親がDV的だったことは間接的に描かれる。生家でも育った家でも、暴力と無理解が渦巻き、お金をめぐりいざこざが起きているにもかかわらず、母は「マザーテレサ」のようにホームレス支援に明け暮れる。
 こんな混沌を子どもは生きるしかない。そこにはいくつかの方向性がある。同じように暴力で家族を制圧する、非行に走り親にインパクトを与える、引きこもって家族のお荷物になる……などだ。小島はそのいずれも選ばなかった。それは、彼があまりに頭脳明晰だったからではないだろうか。本書で驚かされたのが、小島の読書量とその幅広さである。古今東西の哲学書や文学書の差し入れを著者に依頼し、読破している。誤解を恐れずに言えば、犯罪にも知性が作用するのではないか。なぜ、「犯罪の抽象性」という第一印象を抱いたのか。それは、小島の論理性と明晰さゆえだったのだ。小学生のころ、発達障害などというラベルを貼る以前に、なぜ小島という少年がここまで論理にこだわる必要があったのかを理解する大人がいなかったことの不幸を思う。
 彼にとって唯一の庇護者は、論理=法律=憲法であった。その体現が刑務所なのである。しかし、巧妙に小島が言及を避けている父こそが、庇護者であるべきではなかったのか。父は早々に「息子ではない」と小島を捨てた。だから、法の執行者である刑務所に家族(父と母)を求めたのではないか。そう思わされる。
 しかし、明晰な彼はわかっているはずだ。家族同様に、国家は時として自分を抹殺する可能性があることを。後半部分で描かれる彼の自傷的なまでの刑務所内の行動は、親に対して繰り返し暴力をふるう息子の姿と重なってみえる。小島は「僕の人権を守るのか、それとも殺すのか」という二択を、刑務所(親)に対して日々迫っているのだ。

 なまじの専門的な知識に頼ろうとしない著者の体当たりの姿勢が、論理だけが武器である小島にとっては貴重だったのではないか。それが、この希少で類をみない犯罪者の内的世界の鍵を開けたと思う。

■作品紹介『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』

体当たりの取材が開けた、希少で類をみない犯罪者の内的世界――『家族不適応殺...
体当たりの取材が開けた、希少で類をみない犯罪者の内的世界――『家族不適応殺…

家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像
著者 インベ カヲリ★
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
発売日:2021年09月29日

新幹線無差別殺傷事件。理解不能な動機、思考を浮き彫りにする驚愕のルポ!
国家に親代わりを求めた男。
法廷で無期懲役に万歳三唱をし、殺人犯なのに刑務所で生存権を主張し続ける犯人・小島一朗。
誰も踏み込まなかったその内面に、異端の写真家が迫る。全真相解明、驚愕の事件ルポ!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322008000737/

KADOKAWA カドブン
2021年10月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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