小泉今日子と西加奈子が語る 現代社会の問題に声を上げ、発信し続ける理由

対談・鼎談

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夜が明ける

『夜が明ける』

著者
西 加奈子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103070436
発売日
2021/10/20
価格
2,035円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

小泉今日子と西加奈子が語る 現代社会の問題に声を上げ、発信し続ける理由

[文] 新潮社

多面性を赦す

小泉 『夜が明ける』で書かれていたテレビの制作会社のお話、すごくリアルに感じました。かなり取材されたんじゃないですか?

西 二人ぐらい、実際にお話を聞いて取材させていただきました。小説に書けないようなひどいこともありました。

小泉 小説で書かれていたのはバラエティの制作現場がメインでしたが、ドラマも同じような感じです。ADさんが、お財布や携帯を置きっぱなしでそのまま失踪したり、睡眠不足のまま働くから大事故を起こしたり、それこそ、自ら命を絶った人の話も聞きました。だから他人事じゃないというか、読みながら主人公のことをずっと応援してました。主人公と一緒にお仕事をする女優さんが出てきますが、セクハラとかパワハラとか、描写がリアルだからこそ読んでいて辛い部分もたくさんありました。

西 女性から男性へのハラスメントは、自戒も込めて書いたつもりです。私は女性だから、男性からのセクシャルハラスメントや、男性からの性被害にはすごく敏感だったんですけど、女性からのハラスメントも当然あるんですよね。それこそマチズモとか恥の概念に囚われて、男の人のほうが言い出しにくいところもあるのかなと思います。

小泉 俳優さんに聞くと、実際に結構あるらしいです。力のある女性から飲みやご飯に誘われて、無理して飲んだり食べたりしなきゃいけないとか。善かれと思ってやってることが、人を傷付けたり苦しめたりすることってあるんですよね。私もそういうことについてはあまり深く考えていなかった時期もあったし、無意識にやっているかもしれないから、気を付けようという気になりました。

西 私もです。昔の自分を思い出したら叫びたくなるときがあります。若い男の子に平気で「彼女おんの?」とか言ってたし。その人のセクシャリティーとか事情とか無視して、暴力ですよね。今考えたら、あれは紛れもなくセクハラだったなって深く反省しています。

小泉 自分がされて嫌なことは人にしないって当たり前のことですけど、それもやっぱり自分の痛みに気づかないとできないですよね。ところで、小説の中で出てくる、アキ(深沢暁)が崇拝するアキ・マケライネンというフィンランドの役者は実在しないんですよね? あまりにディテールが凝っていたし、アキが憧れている人ってどんな人かなと思って検索しちゃいましたよ。

西 そうです。架空の役者さんです。私、フィンランドでアキ・カウリスマキ(フィンランドの映画監督)が経営しているらしいバーに行ったことがあるんです。そこに、まさにマケライネンみたいな男性がいたんです。ひとりで来てて、コスケンコルヴァ(フィンランドのウォッカ)を目の前に置いて、何もしてないんですよ。誰とも話さないし携帯も見てない。ただただ、じっとそこにいるんです。それこそさっき言った、本当に孤独でいられる人って感じがしたんです。その人のことがずっと頭に残ってて、そのまま描写しました。

小泉 そうだったんですね。本当にリアルだし、いろんなキャラクターを丁寧に描写して、すごく行き届いてるという印象も受けました。いろんな悩みを抱えて生きている人が出てくるから、てんこ盛りではあるんですが、誰が読んでも、自分に引き寄せて考えたり、共感したり、感情移入したりできる小説だろうなと思います。

西 うれしいです。女優の市原悦子さんの言葉を引用させてもらったんですが「人間は醜い瞬間と美しい瞬間があるだけだ」ということも、すごく書きたかったんです。主人公も、俳優の女性も、他の登場人物もみんなそうなんですが、人間って当たり前に多面的なんですよね。私ももちろんそうです。自分や他人の多面性を受け入れたい。間違ったことをしたら謝らないといけないのはもちろんですが、間違ったことをして、それを認めて、きちんと謝罪した人の、その一度の醜い瞬間をずっと断罪し続けたり決めつけたりするのは残酷だと思います。本当に書きたいことがたくさんあって、実際色々書いちゃったから、確かにてんこ盛りになっちゃいました(笑)。

小泉 ううん、すごく読みごたえがありましたよ。小説は二〇一六年で終わっていますが、私もちょうどその頃から社会の違和感を感じ始めて、五年かかって、今ようやくここまで来たなと思っています。だから小説を読んで感慨深く感じるところもありましたし、同じように感じる人も多いと思います。いろんな世代のたくさんの人に読んで欲しいです。まずは友達に勧めますね。

新潮社 小説新潮
2021年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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