行楽シーズンのいま、旅のお供にぜひこの一冊を! ニューエンタメ書評

レビュー

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  • 闇に用いる力学 赤気篇
  • ヒトコブラクダ層ぜっと(上)
  • 機龍警察 白骨街道
  • ボーンヤードは語らない
  • 廃遊園地の殺人

書籍情報:openBD

行楽シーズンに最適ですが、旅のお供にぜひこの一冊を! ニューエンタメ書評

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

朝晩は急に冷え込んできた今日このごろ。

秋の行楽シーズンとともに楽しめる本をご紹介します。

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 読書の秋ということで、今回は“終らない物語が読みたい”という読書好きの願いをかなえてくれる大作から始めたい。

 一九九五年に連載が始まり、一九九七年に〈赤気篇〉の単行本が刊行されたまま書籍化が中断していた竹本健治『闇に用いる力学』が、全面改稿した〈赤気篇〉に続刊の〈黄禍篇〉〈青嵐篇〉(すべて光文社)を加え、約四半世紀の時を経て完結した。原稿用紙三九〇〇枚の超大作だ。

 東京都内に人間を襲う豹が出没、ヘリコプターの墜落や少年少女の失踪など不穏な事件も続く。日本総合心理学研究所の茎田は、ミューと名乗る少女に導かれ超能力少年のグループに接触、週刊誌の記者・佃も事件を追っていた。やがて数々の事件は、カルト的な宗教団体が超能力者を殺害するために起こした可能性が浮上してくる。

〈黄禍篇〉に入っても事件は拡大の一途をたどり、高齢者の致死率が高いメルド・ウイルスのパンデミックが発生した日本では、高齢者を害悪と見なし排斥する思想ウバステリズムが若者を中心に広がるなどの事態が発生していくので、どこに着地するのかまったく予想できない。

 本書は、メルドが生物兵器である疑惑が指摘され、老人と若者の世代間格差が広がり、ネットでフェイクニュースが拡散され、パンデミックを奇貨として日本の安全保障を強化しようと目論む政治家や自衛隊員が現れるなど、新型コロナ禍の現状を予見したかのような展開になっている。著者はデビュー作『匣の中の失楽』で、作中の現実と作中作を入れ子構造にして虚実の境界を曖昧にしたが、本書では、作中の議論が現実の社会問題を俎上に乗せているかのような錯覚を覚えるほど生々しく、どちらが現実なのか分からなくなるような酩酊感が味わえるのである。

 作中では、様々なオカルトが解説され、政治と結び付いたオカルトが差別を煽り、ジェノサイドを引き起こした歴史も掘り起こされていく。現代は世界的に陰謀論がはびこり、それが社会の分断を加速させているだけに、オカルト(闇)が社会を動かす普遍的なメカニズムに切り込んだ本書の問題提起は重く受けとめる必要がある。

 万城目学の四年ぶりの長篇となる『ヒトコブラクダ層ぜっと』(幻冬舎)も、上下二巻の大作である。

 三秒だけ透視能力が使える梵天、どんな外国語も理解できる梵地、三秒先の未来が見える梵人の三つ子は、幼い頃に隕石の落下で両親を亡くし、三人で助け合って生きてきた。二六歳の時、三人は特殊能力を使って外国人窃盗団に協力し、大金を手にした。これには、ティラノサウルスの化石を発見する夢がある梵天のために、発掘に最適な山を買う目的があった。大学院で古代メソポタミア文明を研究している梵地、ケガでオリンピック出場の夢を断たれ世界中を放浪している梵人も、梵天の手伝いをしていたが、その前にライオンを連れた謎の女が現れる。犯罪に手を染めた事実を女に突き付けられた三人は、自衛隊に入隊させられ、PKO部隊としてイラクに派遣されてしまう。

 ここから物語は急展開。梵地が古代メソポタミアから始まるイラクの来歴を語る歴史小説、梵天の恐竜と地質への偏愛(『ブラタモリ』のファンは必読)、梵人が繰り広げるミリタリー・アクション(敵となる「ぜっと」の正体には驚愕するだろう)、謎の女が三人を操るミステリなどのエッセンスが一体となり、広げられた大風呂敷が畳まれる終盤では、人類創世からの歴史が読み替えられる壮大なSFになるので、どのジャンルが好きな人でも楽しめる。キリスト教圏の西欧社会がイスラム教圏の中東を抑圧してきた歴史といった社会的なテーマををさりげなく織り込む“毒”も仕込まれているが、奇妙な経験を通して成長する三つ子が清々しく、気持ちよく本が閉じられるように思える。

 月村了衛『機龍警察 白骨街道』(早川書房)は、警察小説とロボット・アクションを融合したシリーズの第六弾で、ミャンマーが主な舞台となっている。ロヒンギャ難民、軍による独裁政治と資本の独占などが事件にからむだけに、現在進行形で混迷を極めているミャンマー情勢を先取りしたかのような展開に驚かされるはずだ。

 警視庁特捜部は、軍事機密を海外に持ち出しミャンマーで逮捕された君島を日本に移送する命令を受けた。君島が収容された施設は、ミャンマー国軍とロヒンギャの対立が続く国境の紛争地帯にあった。現地に向かった龍機兵の搭乗員である姿、ユーリ、ライザは、大使館で働く愛染と合流し、ミャンマー警察に護衛されながら収容施設に向かうが、何者かの襲撃を受けてしまう。

 君島が収容されているのは、先の大戦中に日本陸軍が強行し、多くの兵士が餓えと病気で亡くなったインパール作戦の撤退路、日本兵の死体が連なったことから白骨街道と呼ばれた場所の近くだった。何とか収容施設に到着した姿たちだが、その岐路には敵か味方か不明の武装勢力や密貿易を行う闇組織が立ちはだかり、インパール作戦並の苦戦を強いられることになる。

 前作『機龍警察 狼眼殺手』は、機甲兵装による戦闘がほとんどない異色作だった。本書も、特捜部の専用機・龍機兵は日本にあるため、姿たちは汎用の機甲兵装に乗込んで戦うので、『装甲騎兵ボトムズ』のようなリアル系ロボットもののファンは、特に楽しめるだろう。

 インパール作戦と君島の移送任務を重ねた本書は、保身のためなら国民の命を平然と切り捨てる政治の非情が、今も昔も変わらない日本の問題点だと指摘してみせる。パンデミック下で強行された東京オリンピック、パラリンピックをインパール作戦になぞらえる論調があっただけに、本書のテーマは鮮烈な印象を残す。

 市川憂人『ボーンヤードは語らない』(東京創元社)は、〈マリア&漣〉シリーズの第四弾で初の短編集である。

 U国の空軍基地にある飛行機の墓場(ボーンヤード)で兵士の死体が発見され、被害者が殺される直前に不可解な行動を取っていた事実が判明する表題作。新聞部の先輩の家に泊まった高校時代の漣が、雪の密室で先輩の父親が殺された事件に遭遇する「赤鉛筆は要らない」。白人優位主義が根強い高校に通っていたマリアが、親友だったマイノリティの少女が殺された事件に挑む「レッドデビルは知らない」など収録の四篇は、過去に遡って犯罪に立ち向かっているマリアたちの原点に迫っており、シリーズの中でも重要な位置付けの一冊になっている。

〈マリア&漣〉シリーズは特殊設定ものだが、本書はその要素が抑えられ、密室、アリバイ崩しといった定番の謎を、切れ味鋭いロジックと丁寧な伏線回収で解き明かしているので著者の新たな魅力が発見できる。真相が明らかになるにつれ現代でも深刻な社会問題が浮き彫りになる作品もあり、社会派ミステリとしても秀逸だ。

 昨年、特殊設定ミステリの『楽園とは探偵の不在なり』が各種ミステリ・ランキングの上位を占めた斜線堂有紀の新作『廃遊園地の殺人』(実業之日本社)は、特殊設定がない本格ミステリである。廃遊園地という舞台を活かした、遊び心に満ちた造本にも注目して欲しい。

 過疎の町を活性化するために作られたテーマパーク・イリュジオンランドは、プレオープンの日に発生した銃の乱射事件で多くの死傷者を出し閉園した。それから二〇年。廃墟マニアの大富豪・十嶋庵が買い取っていたイリュジオンランドが、元従業員や廃墟マニアなど選ばれた人間だけに開放された。十嶋は宝を見つけた者に、廃墟のイリュジオンランドを譲るという。すぐに宝探しが始まるが、招待客の一人が、マスコットの着ぐるみを着せられ、鉄柵に突き刺さった死体となって発見された。犯人は、なぜ二重に手間のかかる殺害方法を選んだのか?

 遊園地でなければ成立しない大掛かりなトリックも面白かったが、それ以上に見事なのは、周到に張り巡らされた伏線を回収することで、銃の乱射事件から廃墟で起きた不可能犯罪までを一気に解き明かす鮮やかなロジックである。謎解きが始まると、衰退する地方自治体と、そこを活性化する方法をめぐる対立などアクチュアルな社会問題が浮かび上がるので、テーマは深い。

 特殊設定ミステリを得意としている白井智之の『死体の汁を啜れ』(実業之日本社)も特殊設定要素はないのだが、豚の頭部を被せられた死体、ギロチンで首と手足をバラバラにされた死体、合鍵のない密室状態の別荘で逆さ吊りにされた死体、拷問器具で体を二つ折りにされた死体など異様なシチュエーションが連続するので、特殊設定の要素がないとは思えないほどである。

 短めの短編の中に、周到な伏線、推理合戦などを盛り込みつつ、全体を通して読むと長編の骨格も現れるだけに、著者の巧さが詰め込まれた連作集といえよう。

 第六七回江戸川乱歩賞を受賞した桃野雑派『老虎残夢』(講談社)は、宋代の中国を舞台に、秘術を身に付けた武術家が被害者と容疑者になるので、時代ミステリ+特殊設定ミステリという異色の同賞受賞作となっている。

 泰隆が武術の奥義を伝授するため、かつての兄弟弟子など武侠の達人を招いた。女弟子の紫苑は、自分が奥義の伝承者に選ばれなかったことに不満を持ちながらも、恋仲にある師父の娘・恋華と客人をもてなす。その夜、湖の中に建つ楼閣で泰隆が毒を飲まされ、匕首で刺される念を入れた方法で殺された。犯人はどのようにして湖を渡り、武術の達人を殺したのか? 登場人物たちの過去、体重を軽くして水面を歩く軽功が実在するなどの武術論を手掛かりにした二転三転する謎解きもさることながら、武侠の世界での殺人という浮世離れした題材を、実際の歴史的な事件に結び付けた技量は、新人らしからぬものがあった。今後の活躍が楽しみである。

角川春樹事務所 ランティエ
2021年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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