生と死の「狭間の世界」はきっとある――そんな想像を補完し、広げてくれる一冊

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明日、世界がこのままだったら

『明日、世界がこのままだったら』

著者
行成 薫 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087717655
発売日
2021/09/24
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 SF・ファンタジー]『明日、世界がこのままだったら』行成薫

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

 今年の春、父が死んだ。臨終に立ち会うことができ、人間が生死の境目を越えたところを初めて目の当たりにした。

「死体となった身体」は、なにかとても圧倒的だった。今、身体から心が切り離されて、宙に浮かび始めているんじゃないか? と半ば本気で思った。ファンタジー映画に出てくるような現象がこの部屋で起きているかもしれない。魂が煙の塊になってゆらゆらと漂っているのかも。そう考えるのは不思議に心慰められることだった。

 行成薫『明日、世界がこのままだったら』(集英社)は、「生と死の狭間の世界」に送られた男女、ともに20代のサチとワタルの物語だ。二人はある朝、それぞれの「自宅」で出会う。なぜか部屋同士が接続されていたのだ。理屈が分からず、戸惑う二人。外には人がいない。スマホもつながらない。包丁でうっかり指を切っても血が流れない……。

 突然やって来た、サカキという「管理人」の女性が種明かしをする。ここは〈肉体を持った物質から、魂という純粋な存在になっていくための世界〉で、二人は〈完全なる死を迎えようとしているところ〉であること。〈ここで平穏に暮らしてるうちに、自然と死を受け入れ〉られるようになり〈魂の世界に旅立っていく〉のだ、とも。

 どうやって死んだのか思い出せない、と言う二人にサカキは、記憶がないからこそ心安らかに生への未練が断ち切れるのだと説明する。腑に落ちたような落ちないような気持ちを持ちつつ、お互いを知っていくサチとワタルだったが、サカキはやがて「残酷な話」を二人に告げる。それは、どちらか一人は生き返ることができるが、それは彼らが決めなければならないというものだった。

 ワタル、サチ、そして「狭間の世界」の3つのパートが交互に置かれ、「生前」の二人がどんな生活を送っていたかが少しずつ見えてくる。サチは弁護士の父のコネクションで入った会社で働いており、ワタルは人一倍の努力とセンスでトップスタイリストに駆け上がった美容師だった。見知らぬ二人がなぜ「狭間の世界」で同居することになったのか、なぜ一人しか生き残れないのか、その理由はどうやら、ワタルの故郷の「星空」にあるらしい――。

「狭間の世界」での二人の生活には、ほのかに幸福感が漂っている。二人とも実は歪な家族の犠牲になっており、家族から切り離されたからこその幸せをこの世界で手に入れたとも解釈できる。ちりばめられたいくつかのアイテム――カレー、髪、サカキという名前――が大きな意味を持つことが分かるラスト近くの展開に「人は死んだら終わり」ではないのかもしれない、と思う読者も多いだろう。

 少なくとも筆者はそう思っている。「狭間の世界」のようなものはきっとある。そんな想像を補完し、さらに広げてくれる一冊だ。

新潮社 小説新潮
2021年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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