真逆の個性を持つ二人が「互いを受け入れる」過程を描く、愛すべき小説2作

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オーラの発表会

『オーラの発表会』

著者
綿矢, りさ, 1984-
出版社
集英社
ISBN
9784087717600
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

ガラスの海を渡る舟

『ガラスの海を渡る舟』

著者
寺地, はるな, 1977-
出版社
PHP研究所
ISBN
9784569850122
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 恋愛・青春]『オーラの発表会』綿矢りさ/『ガラスの海を渡る舟』寺地はるな

[レビュアー] 高頭佐和子(書店員・丸善丸の内本店勤務)

 綿矢りさ『オーラの発表会』(集英社)の主人公・海松子は、一人暮らしを始めたばかりの大学生だ。思いを寄せてくれていた幼馴染からは手紙をもらい、父の教え子の会社員男性からも誘いを受けて……、と聞けば胸キュンな展開を期待したくなるが、そういうムードにはならない。

 この主人公、かなり変わっているのだ。友達が恋愛話で盛り上がっているのに「突然呼吸が止まったらどうしようと、考え始めると恐い」などの悩みを打ち明けて嫌がられたり、匂いに敏感という特技を使って同級生の口臭から昼食内容を当ててみせて不気味がられたりする。趣味は、自然光の下で枝毛を切ることと、一人凧揚げだ。本人が聞いたら怒りそうなあだ名を身近な人物につけ、脳内で呼んでいる。高校までは母親が身なりを整えてくれていたおかげで小綺麗に見えていたが、本人はファッションにも美容にも無頓着で、今は顔の産毛も放置している。自分の言動が人々を困惑させていることに、本人は全く気づかないのである。

 唯一の友人・萌音もクセの強い人物だ。誰かの言動やビジュアルを模倣することが特技なのだが、人のセンスを露骨にパクっていると問題になり、女子学生たちから警戒されている。自分の世界に満足していて周囲の視線を気にしない海松子と、人のまねをすることで自分を魅力的に見せようとする萌音。対照的な二人による直球をぶつけ合うような会話が愉快だ。思わず笑ってしまいつつ、気がつくと個性とは何かという問題を、真剣に考えさせられている。

 人の気持ちを推し量ることが苦手で、恋愛感情というものがよくわからない海松子だが、迷走しつつも自分自身や二人の男性と向き合うことにより内面に変化が訪れる。それを自分の言葉で表現しようとするさまは新鮮で刺激的で、気分が高揚した。終盤の意外な展開にも心が躍る。最後まで私を笑顔にしてくれた愛すべき小説である。

 寺地はるな『ガラスの海を渡る舟』(PHP研究所)は、祖父から受け継いだガラス工房を営む兄妹の物語だ。兄の道は、コミュニケーションやいつもと違うできごとが苦手だが、作り出す作品には人を惹きつける力がある。妹の羽衣子は、手際がよく友人が多いが、自分だけの特別な才能が見つけられないことに苦しんでいる。祖父の死をきっかけに、ガラスの骨壺を作りたいと言い出した兄に、妹は強く反発する。

 他の人と違う兄に対し子供の頃から苛立ってきた羽衣子と、騒がしく感情の起伏が激しい妹を避けてきた道。二人が不協和音を奏でながらも、互いの能力や痛みを認め合い成長していく様子が、丁寧に描かれていく。他人を受け入れるということは自分を受け入れるということでもあるということに、改めて気づかせてくれた。工房で作られるガラス作品を想像する事も楽しく、穏やかな幸福感が心に満ちてくる一冊だ。

新潮社 小説新潮
2021年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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