敗者には敗者の訳がある――悪評高い戦国武将・山名豊国を現代的な視点から再評価する、吉川永青の歴史小説

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乱世を看取った男 山名豊国

『乱世を看取った男 山名豊国』

著者
吉川 永青 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758413923
発売日
2021/09/15
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

吉川永青の世界

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

 吉川永青は、斜陽化する西国の雄・大内家を支えるも最後は下克上に打って出た陶隆房(晴賢)を描いた『悪名残すとも』、冷徹な野心家とされてきた石田三成を従来とは異なる角度で切り取った『治部の礎』、桶狭間の戦いで織田信長に敗れたため愚将の汚名を着せられた今川義元を再評価した『海道の修羅』など、戦国時代の敗け組の武将たちに着目した歴史小説を書き継いでいる。

 山名豊国を主人公にした『乱世を看取った男』も、この系譜に属している。ただ、これまでの著者が、栄光と転落の落差が激しい有名な武将を取り上げてきたのに対し、既に没落していた山名家を率いた豊国は、誰もが知る派手な活躍がない代わりに乱世を生き延びている。それだけに地味な印象を抱く読者もいるだろうが、これにより著者は、敗け組武将ものに新機軸を打ち立ててみせたのである。

 山名家は、時氏が鎌倉幕府打倒の兵を挙げた足利尊氏の下で武勲を重ね室町幕府の重臣となるが、時氏から四代目の宗全が幕府の権力争いに加わり(応仁の乱)、これを契機に日本中に戦乱が広まった。宗全以降、英邁な当主が出なかった山名家は次々と領国を奪われ、豊国の幼少期には但馬、因幡を残すだけになっていた。

 戦国初期の中国地方は、大内家と尼子家が二大勢力だった。この両大国の間を行き来する国衆に過ぎなかった毛利元就は、弱体化した大内家、尼子家の領土を侵食することで戦国大名へと成長した。大内家を滅ぼした毛利家が尼子領へ侵攻していた時期から始まる本書は、『悪名残すとも』と地続きになっており、事前に読んでおくと時代背景や著者の歴史観がより深く理解できるはずだ。

 武術の稽古に励み、漢籍を好み、嫌いではあるが和歌の才もあった豊国は、少年時代から山名家を背負うことを期待されていた。折りしも、山名家の数少ない所領の因幡が尼子家と毛利家に挟まれ、勝馬に乗りたい山名派の国衆たちが動揺、武田高信は鳥取城に籠り公然と山名に叛旗を翻した。豊国の兄・豊数は伯父・祐豊の支援を受け鳥取城を攻めるが、その途中で血を吐いて倒れた。鳥取へ向かった豊国は、兄が高信の謀略に巻き込まれたことを知る。高信への復讐と鳥取城の奪還は豊国の目標になり、物語を牽引する重要な鍵にもなっていく。

 攻める豊国も、守る側も鳥取城の縄張りを熟知しているだけに、繰り返される攻城戦のスペクタクルは圧倒的である。敵が新兵器の鉄砲を使用すれば、豊国が銃撃から身を守る方法を考えるなど、戦国時代の戦術の変化が活写されているのも面白く興味が尽きない。

 だが合戦に勝るとも劣らないほど物語をスリリングにしているのが、豊国が繰り広げる外交戦である。中国地方で毛利家が国衆の切り取りをしていた頃、幾内では織田信長が上洛し足利義昭を将軍にしていた。常識にとらわれない斬新な政策、戦略を編み出す信長は中国地方に兵を進め、その指揮を叩き上げの秀吉に命じた。豊国は、因習を切り捨て新しい世を開拓していく信長に憧れ関係を深めようとするが、毛利家に従わないと家名が断絶しかねない現実的な脅威に加え、信長の革新性が理解できない重臣の反対もあって、なかなか信長に近付けない。

 毛利につくか、信長につくかという難しい決断を迫られる豊国は、二つの大企業から合併を迫られている中小企業の経営者や、派閥抗争に巻き込まれた勤め人に近いので、その苦悩が他人事とは思えない読者も少なくないだろう。

 豊国の元には、毛利と織田の動向が次々ともたらされるが、それが正しいのか、誤報や陰謀をめぐらすための偽の情報なのか判然としない。状況を有利にも不利にもする手札を前に豊国がその真偽を考えるところは、スパイ小説を読んでいるような緊迫感が楽しめるはずだ。

 かつては栄華を誇ったが、今は没落し新興の武将の風下に立つことを余儀なくされている山名家は、世界に冠たる技術立国、経済大国だったのが一転、長期にわたる経済の低迷で、給与水準も、技術開発力も、先進国どころかアジアの新興国より下回るケースさえ出てきている現代の日本に近い。名将ゆえに山名家がかつての勢いを取り戻すことはできないという現実を直視する豊国が、古い価値観は無価値と断じ平然と排除する信長、出世のためなら手段を選ばず、大陸に出兵するなど拡大路線をひた走る秀吉らと接することで、将来の山名家が取るべき道を模索する中盤以降は、再び経済大国に返り咲くことが難しいと気付き始めた日本人に、これからの日本はどんな国になるべきなのかを問い掛けているのである。

 常に難しい舵取りを迫られるも、徳川家康に認められ乱世を渡り切った豊国の晩年を描く終盤は、老いても戦い続けた武将たちを主人公にした短編集『老侍』を発表している著者らしい終活小説になっている。豊国が最期にたどりついた境地に触れると、どのように生き、死んでいくのが理想なのかを考えてしまうのではないだろうか。

協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2021年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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