「平山ワールド」へようこそ この酷薄で絶望的な世界へ
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
平山夢明の小説は常に哀しい。
人間がいかに愚かしい存在であるかを、愚かに生きる姿の憐れな美しさを思い知らされるからだ。
十篇を収めた最新作『八月のくず 平山夢明短編集』を読んで、またも胸を衝かれるような思いを味わった。光文社文庫の幻想アンソロジーに寄稿した短篇を中心とする作品集で、表題作は十年以上前に携帯サイト向けに書いたまま、作者自身も忘れ去っていたという幻の一篇だ。
基調になっているのは呪いだ。人間という不自由な存在に生れついてしまったことへの怨嗟の声がどの短篇にも響き渡っている。たとえば「あるグレートマザーの告白」は、社会の最底辺、どぶどろと言ってもいいような環境で生を受けてしまった語り手が、世界に報復するためにある遠大な計画を立てる物語である。「本当にめでたしめでたしさ」という結語にこめられた憎悪の深さたるや。
映画への深い造詣が活かされた「幻画の女」は深作欣二監督『仁義なき戦い』の脚本を書いた笠原和夫に捧げられた一篇で、映画の登場人物たちが発した言葉がサンプリングされて台詞に使われているという凝りようだ。これも、見た者すべてを地獄に引きずりこむ刺青を背負わされた女を中心に据えた呪いの物語であり、ちんけな人生しか送れなかった者による復讐歌である。
「いつか聴こえなくなる唄」は、植民地における圧政、あるいは現代の格差社会をSF的設定に落とし込んだ諷刺小説で、虐げられた者の視点から絶望的な世界観が描かれる。この酷薄さが肝だ。いかなる感傷も生じることを許さず、辛い人生はただ辛いだけだ、と平山は身も蓋もない。
初めてこの作者を読む人には「ふじみのちょんぼ」をお薦めしたい。身を切り刻んで行う地下格闘技に身を投じた男が主人公で、切ない恋愛物語なのである。流血と失恋、お前はどっちが痛いよ、とゾンビ化した寅さんに聞かれるような小説だ。