“笑いの天才”が人形たちとつくった笑って泣ける“ユートピア”
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
いがらしみきおは笑いの天才である。そう言い続けてずいぶんになるけれど、いま改めて言いたい。
このマンガは人形が主人公。著者の自宅にいる実在の人形たちだ。「コトブキ」と呼ばれる小さな人形(身長は階段一段ぶんの高さもない)と、それより少しだけ大きい「おねーちゃん」が、家族の留守中に家のなかで冒険をするギャグマンガだ。ばかばかしくておかしくて、とびきり愛らしい。リフォームしたトイレや浴室を見に行ったり、ラグビーごっこをしたり、猫から逃げたり。何してんねんアンタら。
小さいので、ドアを開けるにはドアノブのある位置までよじ登らねばならないし、ティッシュやカッターナイフを使うときなんて、自分の体より大きいから振りまわされる。しかしそのかわり口は達者で、コトブキなんかほぼ関西弁の漫才である。このふたり以外にも、アンティークドールの「ミャーちゃん」や「オシちゃん」(日本語が話せなくて「りゅー」「りゅー」としか言わないが表情豊かだ)、まだ歩けないのでごろごろ転がって移動し、壁のスミっこで身動きがとれなくなる赤ちゃん人形「れーちゃん」、大量のブライス人形たちも、この家にはいる。コトブキとおねーちゃんが人間の言葉をおぼえたのは、パパ(著者)がたくさん人形に話しかけるから、という設定もいい。遊んでいて他の人形たちが動けなくなったりしたら、コトブキとおねーちゃんがもといた場所まで運んでやる。
人形たちが互いに仲よしなのかどうかわからないが、それぞれの体(サイズも形状も可動部分もぜんぜん違う)を「しょうがねえな」と受け入れて、相手のできないことを代わりにやってあげて、でもたまに意地悪したりツッコミも入れる。わたしにはそれがユートピアのように見えるのだ。笑って笑ってほんのり泣ける気持ちにもなる、こんなにお買い得な本はない。