奇想天外なトリック ため息が漏れる見事な解決これぞ本格ミステリ

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  • アルファベット荘事件
  • 霧越邸殺人事件<完全改訂版>(上)
  • 霧越邸殺人事件<完全改訂版>(下)
  • ある閉ざされた雪の山荘で

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奇想天外なトリック ため息が漏れる見事な解決これぞ本格ミステリ

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 稀代のトリックメーカー、北山猛邦の初期長編『アルファベット荘事件』が復刊された。

 舞台は岩手県の山奥にある「アルファベット荘」という屋敷だ。美術商の岩倉清一が所有するこの建物には、巨大なアルファベットのオブジェが存在するほかに「創生の箱」と呼ばれる美術品があった。不気味な噂の絶えない箱で、関わった者が次々に死ぬという。雪が舞う十二月、岩倉からの招待を受けて「アルファベット荘」に集った十人の客は、「創生の箱」にまつわる不可思議な事件に遭遇する。

 雪によって閉ざされた屋敷で謎解きに挑むのは、“ディ”というニックネームの探偵だ。家族や友人はおろか、名前や感情さえ無いことからディは「何も持たない探偵」と呼ばれている。推理すること以外に何の個性も与えられていない点が却って神秘性を帯び、一読忘れがたい印象を残す探偵役だ。

 幻想的な空間で奇想天外なトリックが描かれるのが北山作品の特徴である。本作でも奇怪な館と箱が織りなす二重の謎に、ため息が漏れるような見事な解決編が用意されている。奇蹟を解く、とはこういうことか。

“吹雪の山荘”ものはミステリの定型として数多くの作家が取り組むと同時に、先行作の模倣に陥らないようにと野心的な試みが次々となされてきたサブジャンルでもある。例えば綾辻行人『霧越邸殺人事件』(上下巻、角川文庫)。信州の湖畔に佇む美しい館で起きる殺人劇を描いた本作は、本格探偵小説の持つ様式美を極限まで突き詰めた結果、ミステリ史上でも類を見ない異様な光景が広がる作品となった。

 謎解き小説の様式に対して挑戦的な作品といえば東野圭吾『ある閉ざされた雪の山荘で』(講談社文庫)だ。東野圭吾の初期作品には謎解きミステリに対する愛情が、かなり屈折した形で表現されることが多い。俳優志願の男女がペンションを「孤立した山荘」に見立てて殺人劇の舞台稽古に励む、という場面から始まる本作も、型破りな技にチャレンジした小説だ。

新潮社 週刊新潮
2021年10月28日菊見月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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