荘園がわかるとニッポンがわかる
[レビュアー] 林操(コラムニスト)
『荘園』。「墾田永年私財法から応仁の乱まで」なる副題ともどもテーマは明々白々な一冊で、一見、地味、かつ、お硬い学者新書なのに、いやこれが面白い!
かつてこの国の随所にあった私領の800年近い歴史、それも戦国時代以前を長く扱ってるゆえ、認知度も理解度も低めな専門用語が続出で、読者にとってハードルの数は多い。でも、著者の伊藤俊一の語り口は大学教授離れした巧みさ平易さで、ハードルの高さは低いから、古代史・中世史マニアでなくても、挫折なしに読み進められる。
すると見えてくるのは、400年以上も前に消滅したはずの荘園と現在ただいまのニッポンとの深い関連性や類似性。土地の私有解禁に始まる規制緩和、農地の開墾というイノベーション、それに対する抵抗・反動。格差の拡大と固定と変動。新興勢力の台頭と権力の移動。“特区”の許認可の胡散臭さ。地方分権と中央集権との綱引き。暴力に武力。宗教。異常気象に火山の大噴火……荘園を生み出し、拡げ、揺り動かし、変え、やがて衰えさせる数多い要因は、過去のものではまったくないのよ。
だから経済モノ政治モノのノンフィクションとしても読めて、今なお残る“荘園性”の古さ駄目さに気づけば、ますます投票に行きたくなるし、一方、小説家や脚本家にはネタの宝庫で、つまりエンタメとして愉しめる要素も山盛り。大江匡衡と赤染衛門の夫婦の幸福な中流貴族転勤生活なんて、想像するだけでおかしい。