【著者インタビュー】裏切りと政略で戦国を生き抜いた武将の、波乱万丈な生涯――吉川永青『乱世を看取った男 山名豊国』

インタビュー

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乱世を看取った男 山名豊国

『乱世を看取った男 山名豊国』

著者
吉川, 永青
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758413923
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

吉川永青の世界

[文] 角川春樹事務所


吉川永青

山名家といえば、かつて日本の六十六州のうち十一を支配し、「六分の一殿」と呼ばれたほどの名家であり、その嫡流である山名宗全の名は応仁の乱とともに今も語り継がれる。
だが、豊国にはさしたる武勇譚もなく、聞こえてくるのは変節にまつわる話ばかり。
そうした人物を描く理由はどこにあるのか。
戦国の世を舞台としたこの作品に込めた思いを伺った。

豊国は家光の時代まで生き、その家名も幕末まで残ります。その意味では勝者ではないかと。

――執筆の経緯から伺います。主人公の山名豊国は名家の誉れ高い山名家の嫡流ながら、小説などでの華々しい活躍に触れた記憶がありません。むしろ、世渡り上手などの悪評が先行しているようにも思いますが、着目されたのはどうしてでしょう?

吉川永青(以下、吉川) まずあったのは変わった人を書きたいということでした。山名豊国について詳しかったわけではありません。知っていたのは、織田と毛利に挟まれて裏切りを繰り返していたこと、天下人になった秀吉に御伽衆として召し抱えてやると誘いを受けながら断り続け、逃げ回っていたということぐらいです。でも、なんで逃げ回っていたんだろうと。そこに何か見出せれば、一般的には無能でだめな人と言われていましたから、面白おかしく書けるんじゃないか。そう思ったのがきっかけでした。ところが、いざ調べてみると、とんでもなかった。この人ほど波乱万丈な生き方をしている人はいないぞと、一気に私の興味も乗って。家を潰してしまった人=無能という思い込みがあるじゃないですか。私もそれに支配されていたんですね。知らないというのは怖いことですね(笑)。

――“とんでもない”と思ったのはどんな点でした?

吉川 豊国には人生の分かれ道となる機会が何度かありました。織田か毛利か、豊臣か徳川か。それ以外も含め、どちらかを選択しなければならないという局面において、すべて正しい答えを出しています。

――重要な分岐点を見誤らなかった。

吉川 ええ。やっていることは裏切りと政略ですが、うまく立ち回り、生き延びている。家臣や国衆は言うことを聞かないし、自分の国にも勢いがないという状況でしたから、普通は早々に崩壊してもおかしくないんです。だけど、その時々で大きな勢力を使って生き残り、最終的には曲がりなりにも因幡一国を統一しています。裏切りと政略ですごいと言われているのが真田昌幸ですが、山名豊国のやっていることも真田昌幸並みにすごいことだと思いますね。

――しかし、真田昌幸は現在は人気武将となっていて、豊国とはずいぶん違いますね。

吉川 ですよね。昌幸はずば抜けた能力の持ち主と評価され、一方の豊国は無能と呼ばれて。確かに、能力的にはそれほど卓越したものがあったわけではないのでしょう。とはいえ、ここまで悪く言われる人じゃないだろうと思うんですよ。

――「嫌われ者を書かせるなら吉川さんだ」。そんな定評があると伺っています(笑)。

吉川 どうでしょうか(笑)。結局、人のやらないことをやりたいんですよね。誰も知ろうとしない人を持ってきたり、あるいは、誰もが知っているけれど、その中で伝えられてきたイメ―ジを壊せないかなと考えたり。

――まさに山名豊国はこれまで誰も知ろうとしなかった人物ですね。

吉川 恐らく、山名豊国で長篇を書いた人はいないんじゃないでしょうか。

――だめな人のイメ―ジを刷り込まれていた一人ですが、この作品を読んで好感を持つほどに豊国に対するイメ―ジが変わりました。

吉川 戦国時代というのは生き残ったものが勝ちだとよく言われますが、豊国は徳川家光の代まで生き、その家名も交代寄合山名家として幕末まで残ります。今に至っても末裔の方々がいる。そういう意味では勝者ではないかという見方もできますよね。

――まさに「乱世を看取った男」です。そんな豊国の生き様が丁寧に描かれていて、中でも織田か毛利かを巡っての攻防は読み応えがありました。ここには尼子再興を掲げる山中幸盛も登場します。反毛利の幸盛と手を組み一度は織田についたものの翻意。それを面と向かって告げる豊国には実直さを感じましたし、応える幸盛もカッコよかった。特に幸盛が「無上の笑みを見せて」、「後悔なさるぞ」と言うシーンは良いですね。

吉川 そこ良いですよね。と自分で言うのもどうかと思いますが(笑)。私が山中の立場だったらどうかと考えました。この二人はずっと一緒にやってきたわけですから、豊国が本来どういう人かというのがわかっていたんだと思います。つらい立場であることも。だから、こうなった以上は出ていくしかないという諦めの一方で、でも命は取らないという豊国への感謝もあったんだろうと。その表れとしての「無上の笑み」であり、ありがとうの気持ちを敢えて「後悔なさるぞ」というセリフで伝えているんだろうと思います。

――歴史小説を読んでいて心躍るのはこういうシ―ンに出会ったときです。こんな会話が交わされていたかもしれないと想像も広がります。

吉川 山名豊国に関しては深く掘り下げた研究もされていないし、その時に何があったのかを考察している史学家の方もほとんどいません。だとしたら、史学家ではない私は自由に発想できる。戯作としてこういう風にしたら面白くない? そんな感じで書きました。

どんな最後を迎えようとも、納得して満足して、悔いなく死んでいくなら、カッコいい。

――人物造形においても吉川さんに委ねられるわけですが、豊国という人物にどんな思いを込めて書かれたのでしょうか。

吉川 いろんな作品を通してちょいちょいと書いていることなんですが、最近の日本人が陥りがちな罠で、昔と今だったら、今の方が優れていると信じて疑わないんですよね。これ、ものすごい間違いだと思うんです。以前、東洲斎写楽について書いたときに知ったことですが、文化文政の頃の浮世絵版画には雲母摺りという素晴らしい技法があったそうです。しかし、明治新政府によって潰されてしまった。江戸時代のものはすべて否定するという考えの下で。同じことが世界中にある。でも、新しいものだからといって、必ずしも正しいとは限らない。そのことを、まず今回の豊国を通じて書きたかったんです。

――豊国の行動原理でもあったのが、新しい世が来ることへの期待でしたね。

吉川 だから、豊国が古いものはだめだ、新しいものを、新しいものをと言い続けるシ―ンは書きながら本当にイライラしました。

――なんと……。

吉川 ものすごく腹が立っていたんですが、でも必要なことだからと言い聞かせながら書いていたことが今回一番の苦労だったかもしれません(笑)。ですけど、最後に家康に「残すべきものと、壊して捨てるもの、その見極めが一番大事なんだ」と諭されますよね。そして自分の間違いに気づき、悟ることができた。豊国が行き着いた精神の平穏も、それゆえだったと思っています。

――物語の素晴らしい余韻に繋がっていると思います。さて、ここで話題を変えて。今年はデビュ―十周年です。歴史小説のどんなところに興味を持ち、書いてこられたのでしょうか。

吉川 歴史的なものが好きだという気持ちは変わらないのですが、最近では、歴史ものというカテゴリ―を拡大解釈できないかなと考えています。例えば、かつて山梨県内で地方病と呼ばれた寄生虫病というのがあります。古くは戦国時代にも記録があり、昭和四十、五十年代には撲滅されたのですが、その撲滅のためにお医者さんや研究者、そして患者さんが戦ってきたことだって歴史じゃないですか。物語にすれば、歴史物語になるだろうと思うんです。

――面白い着眼点ですね。そうした物語のヒントはどんなことから得るのですか。

吉川 何の気なしに読んだ本だったり、ネット上をぷらぷら歩いていて目に留まった「あの人のその後」とか。話題になった人のその後って案外知らないものですが、たまたま知ってみたら、私の中で積み上がった人生観的なものを載せられるんじゃないかなとふと感じたり。そういう時ですね。

――どんな人生観をお持ちなんでしょう?

吉川 どんな最期を迎えようとも、納得して満足して、悔いなく死んでいくなら、カッコよくないですか? 実は三年ほど前に肺炎を患いました。ひどいものではなく、今は何の影響もないのですが、最初は肺がんかもしれないと。がんの疑いありと言われたわけですが、私は「ああ、そうですか」ぐらいの受け止めで。なぜかというと、作家になってからは好き勝手をやり、やりたいように生きてきた。死んだところで悔いはない。そういう思いがすごく強く湧いたからなんです。その時にね、あっと思いました。悔いなく、満足して死んでいけるなら、人間って心穏やかなんじゃないのかなと。今もそれをテ―マに紀伊國屋文左衛門について執筆しているところです。

――上梓を楽しみにしています。では最後に、今後の創作活動への思いをお聞かせください。

吉川 もっと好きなようにやって(笑)、読んでくださる人たちも、こっち側の世界に引っ張り込みたいなと。読者諸兄に好き勝手やって生きろというのではなく、悔いなく生きた、本当に満足いく人生だったと思える状態を作るにはどうしたらいいのかを一緒に考えていきませんかと。そんなものが書けたらいいでしょうね。

インタビュ―:石井美由貴 協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2021年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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