『疫病と日本文学』日比嘉高編(三弥井書店)
[レビュアー] 佐藤信(古代史学者・東京大名誉教授)
コロナ禍で私たちの生活が大きく変容したことは、文学とも深く結びついている。本書は、日本文学が疫病をどう描いてきたかについて、名古屋大学でのシンポジウムをもとに展望する。古代から現代に至る幅広い文学研究の視野から多様な作品を検討している。
現代文学も、新ウイルスとの感染=共生を描く金原ひとみ『アンソーシャル ディスタンス』などの作品を生んでいる。また百年前のスペイン風邪時の菊池寛『マスク』などは、今でいうマスク警察にまで及んで、全く色あせない。
『源氏物語』などの華やかな王朝文学は、当時流行した疫病への強い畏怖と常に隣り合っていた。続く『今昔物語集』など中世の説話では、政治的敗者の怨霊が疫鬼となって、疫病をもたらしている。国家は、鬼や童に視覚化された疫神を祀(まつ)ることにより、社会と疫病との折り合いをつけていた面がある。
文学が、社会・国家・宗教・医学の影響下に、作者・医者・病者など多様な存在とどう向き合ってきたか、文学研究の側から興味深い見通しを提示しており、示唆に富む論集といえる。