『妻と娘の唐宋時代 史料に語らせよう』(大澤正昭著)東方書店

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妻と娘の唐宋時代 史料に語らせよう

『妻と娘の唐宋時代 史料に語らせよう』

著者
大澤正昭 [著]
出版社
東方書店
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784497221100
発売日
2021/07/14
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

『妻と娘の唐宋時代 史料に語らせよう』(大澤正昭著)東方書店

[レビュアー] 中島隆博(哲学者・東京大教授)

抑圧された女性 見直し

 纏足(てんそく)のような風習がある前近代において、中国の女性は男性優位社会のなかで権利を奪われ、抑圧されていた。こうした通説を考え直すために、本書は歴史史料を丹念に読み解き、唐宋時代の女性の置かれていた現実を明らかにしていく。

 例えば、宋代の開封を描いた『清明上河図』に登場するのはほぼ男性で、女性は街中にはほとんどいない。しかし、それは「女性は家のなかにしかいない」という「画家の暗黙の了承」によるものにすぎず、実際はそうではなかった。また、『耕織図詩』では農作業を行うのはほぼ男性であるが、実際には女性も従事していた。ここには「男性が耕し、女性が織る」という理念が描かれていたのだ。著者はこれを「絵画史料のバイアス」と呼び、そのバイアスが正史のような文献史料にも同様にあるという。

 その代わりに取り上げるのが、「小説」すなわち本来の意味での「ちっぽけな、つまらない話」や判決文集、そして家訓である。そこには庶民に関する話題が多くあり、女性が活躍する様子が浮かび上がってくる。

 その庶民のなかに豪民と呼ばれる有力者がおり、女性も親分として活躍していた。例えば、「官八七嫂(かんはちしちそう)」という官八七の妻がそれである。これは中国の家父長制が「男性による権力の継承が絶対の原則ではなかった」ことを象徴している。この官氏一族は「悪事」を働いたとして処分される。つまり、土地の集積や塩の密売、物資からの徴税、そしてもめ事を調停する私的裁判と私刑執行のためである。宋代社会には国家の統治機能が行き届いていない場合があり、豪民が国家の代わりにそれを担った。

 その他にも財産分与や婚姻関係に女性がどう主体的に関わったかの記述も厚く書かれている。女性への抑圧は確かにあったが、それにどのように抵抗したのかを史料に語らせたことで、本書は中国史の見方を大きく揺さぶるものだ。

読売新聞
2021年10月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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