なぜ人は怪談を求めるのか。――横溝賞大賞受賞作『虚魚(そらざかな)』刊行記念対談 新名智×綾辻行人

対談・鼎談

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虚魚

『虚魚』

著者
新名, 智, 1992-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041118856
価格
1,815円(税込)

書籍情報:openBD

なぜ人は怪談を求めるのか。――横溝賞大賞受賞作『虚魚(そらざかな)』刊行記念対談 新名智×綾辻行人

[文] カドブン

構成・文:朝宮運河

■選考委員絶賛!横溝賞大賞受賞作『虚魚』刊行記念対談

新名智のデビュー作『虚魚』は、「釣り上げたら死ぬ魚がいるらしい」という怪談の真相を追う女性コンビが謎と怪異に呑み込まれていく物語。選考委員の絶賛を浴びた第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞の大賞受賞作だ。刊行を記念し、原稿を読みおえた時点で「今回は『虚魚』で決まりだろうと確信」(選評より)したという選考委員の綾辻行人と、執筆の経緯や作品の魅力など、たっぷり語り合ってもらった。

なぜ人は怪談を求めるのか。――横溝賞大賞受賞作『虚魚(そらざかな)』刊行記...
なぜ人は怪談を求めるのか。――横溝賞大賞受賞作『虚魚(そらざかな)』刊行記…

■文句のつけどころのない作品

綾辻:受賞おめでとうございます。

新名:ありがとうございます。

綾辻:新名さんの『虚魚』は僕的には文句のつけどころのない作品で、読みおえた時点で「今回はこれで決まりだな」と感じました。文章も語り口も巧みで、とても読み心地がいい、しかも随所がきちんと怖い。キャラクター同士に適度な距離感があって、人間関係がべたべたしすぎていないのも好きです。言ってしまえば、僕のセンスに合う作風なんですよね。

新名:そんなに褒めていただけるなんて……、嬉しいです。

綾辻:今日はいろいろとお訊きしたいんですが、まず新名さんは1992年生まれ、ですね。ということはまだ20代?

新名:はい。今年29歳になりました。

綾辻:最終選考では応募者の年齢性別は伏せられているので、作者のプロフィールを想像しながら読むことが多くて。『虚魚』は何となく、若い女性の作品じゃないかという気がしていたんです。主人公の描き方からそう感じたんですね。あとで作者は男性と知って、これは書ける人だな、とあらためて思いました。小説はいつから書かれているんですか。

新名:高校時代から二次創作のような小説は多少書いていました。新人賞に投稿するようになったのは大学に入ってから。早稲田大学でワセダミステリクラブというサークルに入っていました。

綾辻:お、ワセミス出身だったんですか。じゃあ、ミステリはお好きなんですね。

新名:はい。読むのも書くのも長年ミステリが中心でした。ホラーを好きになったのは比較的最近なんです。

綾辻:それにしても新名さんの文章、いいですね。細部までよく考えられていて、なおかつリーダビリティが高くて、けれども決して軽すぎることはない。本当に巧いなあと思う。褒め殺しみたいに聞こえるかも、だけど、これは本心で言ってるんですよ(笑)。

新名:はい(笑)。

■怪談って何だろうという問題意識

綾辻:『虚魚』は、怪談師の主人公が「釣り上げると死ぬ魚」という怪談の発生源を探っていく長編小説です。この手の小説は現地に出向いて聞き込みをして、というシーンが冗長になりがちだけれども、『虚魚』はずっとテンポが落ちない。

新名:テンポの良さは自分でも意識したところなので、指摘していただけて嬉しいです。僕はミステリの捜査や聞き込みのシーンがあまり得意じゃなくて、つい斜め読みしてしまうんです。なるべくそういう場面を作らないように気をつけました。

綾辻:最近のミステリって、小説でも映画でも、得たい情報があると何でもまずネットで検索しますね。で、どうかすると検索だけで答えに到達したりもする。いくらそういう時代であるとはいえ、ワンパターンで鼻白んでしまうこともままあるんですが、『虚魚』はむしろ実地調査のほうに軸足が置かれています。ネットで得られた情報と、現地で実際に仕入れた情報が組み合わさって、主人公たちを先へ先へと導いていく。

新名:そこは意図したわけではありませんが、怪談や都市伝説は口コミが重要な手がかりになるものなので、自然とネットと現地調査を組み合わせた形になりました。

綾辻:こういう怪談のルーツを探る物語は、着地が一番難しいんですよね。いくら途中が面白くても、最後に凡庸な怨霊のたぐいが出てきたり、ありがちな土俗信仰に突き当たったりすると一気に興ざめしてしまう。新名さんはそこをたいへん巧みに処理されていて、非常に感心しました。物語の後半では、良い案配でミステリ的な仕掛けも効いてくるし。有栖川有栖さんは選考会で、「これは本格ミステリだ」という切り口で論じておられましたね。

新名:ミステリを書いていた時期が長いので、何かしら仕掛けを入れたくなってしまうんです。

綾辻:僕は『虚魚』を「“怪談”をテーマとした長編ホラー小説」として読みました。なぜ人は怪談を求めるのか、「人が怪談を語る」とはどういうことなのか。主人公の三咲にもルームメイトのカナにもそれぞれに怪談を求める切実な理由があって、しかもそれが通り一遍じゃない。

新名:三咲はある理由から、人が本当に死ぬ怪談を探しているという設定です。

綾辻:亡くなった人にもう一度会いたいという願い・祈りが、怪談の背景にはある――というふうによく言われますが、それは確かに正論だと思います。でも、正論だけでは捉えきれないものもたくさんある。きれいごとでは済まされない、人間の“負”の部分が、怪談と共鳴してしまう。そんな側面も大いにあるわけです。新名さんはこの作品で、そこに踏み込んで書かれています。

新名:もともと怪談って何だろうという問題意識は、以前から自分の中にあったような気がします。誰かが死ぬとか不幸になるといったセンシティブな話題を、娯楽として扱っていることに対する違和感があって。怪談をモチーフにするからには、その点に触れておかなければならないと思っていました。

綾辻:正解でしたね。こういうのが読みたかったんだ、と喜ぶ読者はきっと多いでしょう。怪談や都市伝説はもともとお好きなんでしょうか。

新名:好きですね。おそらく好きになったきっかけが、小野不由美さんの『残穢』なんです。『残穢』が面白かったので同じような作品を探したのですが、意外と書かれてはいなかった。だったら自分で書いてみよう、というのが『虚魚』執筆の大きな動機なんです。

綾辻:おやまあ、そうだったんですか(笑)。小野さんの『残穢』は、フェイクドキュメンタリーの手法を用いながら長編怪談を書こう、という試みでした。長編で怪談を面白く読ませるのは大変だから、何かしらの工夫が必要になるんですよね。『虚魚』は『残穢』を思わせる部分がありつつ、また違ったアプローチで長編怪談に挑んで、成功を収めています。しかし『残穢』が原点でしたか。小野さんが聞いたら喜びますよ。

■影響を受けた作品と“本格ミステリの呪い”

綾辻:「釣り上げると死ぬ魚」の怪談は、新名さんの創作ですか。

新名:そうです。『残穢』でいう畳をこする音の怪談のように、全体の鍵になる怪談をまず作ろうと考えて、「釣り上げると死ぬ魚」というフレーズを思いつきました。もともと水回りの怪談が結構好きだったこともあり、そこから連鎖的に怪談を作り上げていった、という流れです。

綾辻:小野さん以外のホラー小説もお読みになるんですか。

新名:はい。現代のホラー作家だと澤村伊智さんはほぼ全作読んでいると思います。特に好きなのが『ひとんち 澤村伊智短編集』に収録されている「シュマシラ」という作品。シュマシラという未確認動物の正体を、古い妖怪図鑑やネット情報をもとに探っていくという話で、『虚魚』にも影響を与えていると思います。

綾辻:ワセミス出身だと分かったので、今日は久しぶりに“本格ミステリの呪い”をかけることにしましょうか。『虚魚』にもミステリ的な要素はしっかりとありますけれども、いつの日か、「これが新名智の本格ミステリだ」と胸を張れるような作品をぜひとも書いてください。ホラーに本格ミステリの手法を持ち込んでもOKだし、ガチガチの本格ミステリでも歓迎です。忘れないでくださいね。

新名:今日の予行演習として『シークレット 綾辻行人ミステリ対談集in京都』という本を読ませていただいたんです。そこでも綾辻先生は多くの作家さんに“本格ミステリの呪い”をかけておられて、自分も言われるかなとドキドキしていました。ミステリファンにとってこれほど強力な呪いはないですから。

綾辻:最近はちょっと控えていたんですけどね、新名さんなら応えてくれそうなので、強めの呪いをかけることにしました(笑)。横溝正史先生は、亡くなる直前まで「本格探偵小説の鬼」でありつづけられました。その横溝先生の名を冠した賞を受賞したわけだから、横溝先生に捧げられるような新名さんなりの本格をものしてください。期待しています。

新名:いつになるかは分かりませんが、綾辻先生に本格ミステリを読んでいただけるように書き続けたいと思います。今日はありがとうございました。

■『虚魚』新名智

なぜ人は怪談を求めるのか。――横溝賞大賞受賞作『虚魚(そらざかな)』刊行記...
なぜ人は怪談を求めるのか。――横溝賞大賞受賞作『虚魚(そらざかな)』刊行記…

第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞<大賞>受賞作
虚魚
著者 新名 智
定価: 1,815円(本体1,650円+税)
発売日:2021年10月22日

わたしは探している。<人を殺せる>怪談を。 横溝賞<大賞>受賞作。
“体験した人が死ぬ怪談”を探す怪談師の三咲は、“呪いか祟りで死にたい”カナちゃんと暮らしている。幽霊や怪談、呪いや祟り、オカルトや超常現象。両親を事故で亡くした日から、三咲はそんなあやふやなものに頼って生きてきた。カナちゃんとふたりで本物の怪談を見つけ出し、その怪談で両親を事故死させた男を殺すことが、いまの三咲の目標だ。
ある日、「釣り上げた人が死んでしまう魚がいる」という噂を耳にした三咲は、その真偽を調べることにする。ある川の河口で似たような怪談がいくつも発生していることがわかり、ふたりはその発生源を求めて、怪異の川をたどっていく。“本物”の怪談に近づくうち、事情を抱えるふたりの関係にも変化がおとずれて――。
選考委員の絶賛を浴びた第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞<大賞>受賞作。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322106000335/
amazonリンク

■『虚魚』試し読み

なぜ人は怪談を求めるのか。――横溝賞大賞受賞作『虚魚(そらざかな)』刊行記...
なぜ人は怪談を求めるのか。――横溝賞大賞受賞作『虚魚(そらざかな)』刊行記…

〈釣り上げたら死ぬ魚〉がいるらしい――。横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉受賞作!『虚魚』試し読み#1
https://kadobun.jp/trial/sorazakana/c3h4ayr039c0.html

■「ナキザカナプロジェクト」

なぜ人は怪談を求めるのか。――横溝賞大賞受賞作『虚魚(そらざかな)』刊行記...
なぜ人は怪談を求めるのか。――横溝賞大賞受賞作『虚魚(そらざかな)』刊行記…

「ナキザカナプロジェクト」特設ページ
https://kadobun.jp/special/nakizakana/

KADOKAWA カドブン
2021年10月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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