我らが願いは戦争 チャン・ガンミョン著

レビュー

5
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

我らが願いは戦争

『我らが願いは戦争』

著者
チャン・ガンミョン(張康明) [著]/小西 直子 [訳]
出版社
新泉社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784787721228
発売日
2021/08/17
価格
2,750円(税込)

書籍情報:openBD

我らが願いは戦争 チャン・ガンミョン著

[レビュアー] 中沢けい(作家)

◆理想がリアルに 南北統一の陰

 一九八九年十一月九日のベルリンの壁崩壊から三十二年が過ぎようとしている。韓国の複数の作家から朝鮮半島統一は、北と南で緩やかな連邦制をひき、南北の経済状態が均衡するのを待って統一するのが理想だと聞いたのは、東西冷戦終結後の間もない頃だった。おそらく十五年ほどの歳月が必要だろうという予想もその時に聞いている。それから三十年以上が過ぎようとしている。

 朝鮮半島の南北関係になんの変化もなかったわけではない。金日成(キムイルソン)主席が亡くなり金正日(キムジョンイル)総書記の時代には平壌を訪問した金大中(キムデジュン)韓国大統領との間で南北共同宣言が出された。記憶に新しいところでは二〇一八年五月の文在寅(ムンジェイン)大統領と金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長の板門店会談がある。同年六月にはトランプ米国大統領と金正恩委員長がシンガポールで会談。南北の急速な関係改善が期待されたが、一九年二月にベトナムで開かれた米朝会談が決裂に終わり、事態は再度硬直化した。とは言え、世界の人々が同年六月、板門店で米朝の指導者が握手をする映像を見た影響は大きい。

 チャン・ガンミョン『我らが願いは戦争』は、金一族の支配が自壊したあとで韓国が理想として描いた緩やかな連邦制に移行した朝鮮半島を描く。舞台は開城(ケソン)に近い長豊(チャンプン)。統治権力の弱体化のすきをつき、巨大な麻薬取引組織が形成されようとしている。それに巻き込まれた人々の活躍が魅力的な筆致で描かれる。人物の描写、その心理の動きは極めてシンプルだが的確なので読んでいて飽きることがない。

 しかし、この小説の読みどころは、登場人物のキャラクターでもなければ、ストーリーの展開でもない。読み物として申し分のないおもしろさの中に、朝鮮半島の統一プロセスが現実になった時、南北の人々がそれぞれ感じるであろう不満、不都合、不幸が織り込まれているところが読みどころだ。理想がリアルに変わる接点をエンターテインメントの中に隠している。それがこの小説の深い読み応えを作り出す。

(小西直子訳、新泉社・2750円)

1975年ソウル生まれ。元東亜日報記者。作家。著書『韓国が嫌いで』など。

◆もう1冊

牧野愛博(よしひろ)著『金正恩と金与正(ヨジョン)』(文春新書)

中日新聞 東京新聞
2021年10月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加