アートプロジェクト文化資本論 3331から東京ビエンナーレへ 中村政人著
[レビュアー] 小松理虔(ローカルアクティビスト)
◆コミュニティの可能性開く
著者は、東京都で「アーツ千代田3331」や「東京ビエンナーレ」のディレクターを務めるアーティストである。難解なアート理論が紹介されていると思って読んだが、そうではなかった。本書には、アートについて、ではなく、著者が制作や展示をいかに「プロジェクト化」してきたかが記されている。
作品を、いかに他者と関わりながら完成させたのか。どのような理念・ビジョンのもとに展示したのか。展示するためにはどのような場が必要で、それを誰とどのように設計したか。地域の誰と話を詰めたのか。著者が振り返る苦闘の連続、調整に次ぐ調整、地元との折衝の記録に、「あるある!」と強い共感を持つ読者は多いことだろう。
だからこそ本書は、ビジネスマンにも経営者にも個人事業主にも、あるいは私のようにどこぞの地域で「まちづくり」に関わるものにも開かれ、アートの世界の住人でない私たちにもアートの持つ力を感じさせてくれるのだろう。
著者は、理想的なアートは、地域の産業やコミュニティと掛け合わされることで相乗効果を生み、「社会文化資本」を形成するという。産業やコミュニティと結びつく、ということは、我々もまた社会文化資本を形成する一部だということだ。ならば地域の側からも、さらに一歩二歩、アーティストに歩み寄っていい。アーティストは何を考え、どう動こうとしているのか。本書は、それを知るための手引にもなるだろう。
地方創生の時代と言われる。自らの文化や風土、まちづくりの方向性を規定する自己決定力が育たなければ、地方は自ら朽ち果てるのを待つか、巨大資本に食い荒らされるかのどちらかを選ぶほかなくなる。「社会文化資本」という考え方は、地域づくりの大きな指針となると感じる。そして何より、私たちの暮らす地域にはいったいどのような魅力が、武器が、可能性があるのか知りたくなる。アーティストたちと町を歩き、酒を酌み交わし、未来を語りたくなるのだ。本書から生まれる次のアートプロジェクト。その担い手は、あなたかもしれない。
(晶文社・2530円)
1963年生まれ。アーティスト。東京芸術大絵画科教授。
◆もう1冊
平田オリザ著『下り坂をそろそろと下る』(講談社現代新書)