新人賞の季節 「すばる文学賞」受賞作が出色の出来
[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)
文芸誌11月号では『新潮』と『すばる』、『文藝』の3誌で新人賞の発表があった(『文藝』は冬季号)。新人賞の季節は憂鬱である。感心できる作がない場合(そして、その可能性は小さくない)、どれにも触れずに「新人作家の誕生を言祝ぐ」とかお茶を濁すことになるからだ。
だが、今回はいいのがありましたぜ。すばる文学賞を受賞した永井みみ「ミシンと金魚」が出色である。
認知症で要介護、死を目前にした老女の現在と半生が、彼女の一人称で語られる。混濁した意識に現れる、現と幻、現在と過去が渾然となった世界を、老女カケイさんが飄々としたユーモラスな口調で語っていくのだが、とりとめない記憶の断片から浮かび上がる彼女の人生は、貧しかった頃の日本を焼き付けたかのように過酷なものだ。
タイトルの「ミシン」は彼女の内職、「金魚」は最愛の娘だった道子とその死を象徴している。3歳になる前に不慮の事故で死んだ道子は不義の子で、カケイさんはミシン踏みにかまけて道子を顧みなかった。彼女の誇りの拠り所だったミシンは、道子の死すなわち金魚と結びついてしまい、彼女を苦しめてきたのだったが、それでも「あたしは、道子にあえて、よかった」「しあわせでした」という答えを最後に導き出す。過ちで産まれ、過ちで死なせてしまったにせよ、道子がいたこの生こそが「しあわせ」だったのだと力強く肯定するこの一点に、小説の全体重は掛かっている。
手法と内容の両面で、見どころ、語りどころに溢れた、読んできたなかでは今年一番の傑作である。
すばる文学賞の佳作に選ばれた石田夏穂「我が友、スミス」も、筋トレがテーマ、それも女性ボディビルダーが主人公という珍しい一編でなかなか面白い。
珍しいテーマということでは、朝比奈秋「私の盲端」(小説トリッパー秋季号)が、人工肛門になった妙齢の女性の生活と性という難度の高い主題への取り組みで突き抜けていた。
須賀ケイ「木の匙」(群像)も、死刑囚に「最期の晩餐」を供する料理人が主人公で読ませるが、展開にちょっと無理が多いかな。