生涯が旅の連続だったルソーの自叙伝

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生涯が旅の連続だったルソーの自叙伝

[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「旅」です

 ***

 ジャン=ジャック・ルソーの生涯は旅の連続だ。『告白』は彼の経験した絶えざる移動の記録である。

 最初の重大な旅立ちは16歳のとき。徒弟奉公のつらさに気を滅入らせていたルソー少年は、日曜日、郊外に遊びに出ていてつい時間を忘れ、ジュネーヴ市の城門から閉め出されてしまう。もういいやと、そのまま放浪の旅に出た。

 行く先のあてもなく、路銀もない。徒歩でフランス国境を越え、アヌシーの町へ。ここで庇護者となるヴァランス男爵夫人との運命的な出会いを果たす。

 13歳年上の美しい夫人を「ママン」と呼び、不思議な同居生活が始まる。ろくに学校に通っていないルソーが豊かな教養を身につけたのは夫人のおかげが大きい。

 さて、一つ屋根の下で暮らす二人は男女の仲になったのかどうか(答えは第一部第五巻を見よ)。

 以後、さまざまな用向きで各地に旅を重ねる。やがて「ママン」との蜜月は終わり、いよいよ一旗揚げるべくパリへ。国王の前で自作オペラが上演され、喝采を浴びたまではよかった。宮廷に仕えるのを潔しとせず恩賜年金も断りパリから逃亡。以後、文人として名を轟かせたものの迫害に晒され、スイス、そしてイギリスへ亡命を余儀なくされる。

 周囲は敵だらけと被害妄想を肥大させ、身も心も休まる暇がない。そのなかでよく次々に偉大な作品を書けたものだ。大旅行家でありながら、のんびり観光旅行に出たことは一度もない生涯だった。

新潮社 週刊新潮
2021年11月4日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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