『スタジオジブリの想像力 地平線とは何か』三浦雅士著(講談社)

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スタジオジブリの想像力 地平線とは何か

『スタジオジブリの想像力 地平線とは何か』

著者
三浦 雅士 [著]
出版社
講談社
ジャンル
芸術・生活/演劇・映画
ISBN
9784065241325
発売日
2021/09/01
価格
2,750円(税込)

書籍情報:openBD

『スタジオジブリの想像力 地平線とは何か』三浦雅士著(講談社)

[レビュアー] 栩木伸明(アイルランド文学者・早稲田大教授)

アニメに潜む多義的隠喩

 本書は、ジブリのアニメ映画に映っているのに見えにくかったものに気づかせ、ぼくたちが人類史の中でどこに立っているのかを示そうとする試みである。

 著者は、連続する動きの一瞬を捉えたかのような西洋絵画に「アニメーションへの欲望」を見て、美術史家エルンスト・ゴンブリッチの著書『芸術と幻影』をアニメ論の先取りと捉える。そして、アニメが進化し続けている今の時代は後世、「アニメ・ルネサンス」と呼ばれるだろうと告げる。気宇壮大な本だ。

 TVアニメ「赤毛のアン」のオープニング・シーンを著者と一緒に見直すと、馬車が飛ぶ場面を描きだす動画が想像力を可視化し、見ることと自由を結びつけているのがわかる。宮崎駿の作品に頻出する「全感覚的な行為」としての飛翔(ひしょう)は、「地平線」の探究そのものなのだ。

 著者は、視覚心理学者ジェームズ・ギブソンの見解を援用しながら、「地平線と飛翔への憧れは、直立二足歩行へと踏み出した現生人類の最大の発明」だったと語る。決してたどり着けない地平線は人間を支え、許し、人間の探究を彼方(かなた)から促し続けている、と。

 それゆえ、「風立ちぬ」の真の主人公は地平線である。そこに描かれる関東大震災の圧倒的なシーンは、「風の谷のナウシカ」の王蟲(オーム)の大群が押し寄せてくる最終場面と響き合い、動く地平線となって、見る者に揺さぶりを掛ける。

 「天空の城ラピュタ」では、天から落ちてくるシータと、彼女を両手で受け止めるパズーが、互いの地平線になる。他方、「ハウルの動く城」のソフィーは、魔法使いハウルと火の悪魔が結んだ契約を破棄させ、人類と火の「再契約」を取り持つことで、彼女自身の地平線を見出(みいだ)す。

 著者は西洋思想、美術、音楽、舞踊をめぐる豊かな知見を総動員して、ジブリのアニメに潜む地平線の多義的な隠喩(いんゆ)を次々に読み解いていく。読解の道筋を追いかけるぼくたちの目の奥には、著者の想像力が描くらせん状の飛跡が残る。この本自体が、地平線をめがけて飛翔する思索の馬車なのである。

読売新聞
2021年10月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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