最初は「田舎者」だったビートルズは一夜にしてヨーロッパを完全制覇した

対談・鼎談

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ビートルズ

『ビートルズ』

著者
北中, 正和, 1946-
出版社
新潮社
ISBN
9784106109225
価格
858円(税込)

書籍情報:openBD

なぜビートルズだけが別格なのか?

[文] 新潮社


ビートルズ

ピーター・バラカン×北中正和・対談「なぜビートルズだけが別格なのか?」

1970年のグループ解散から数えて、すでに半世紀。にもかかわらず、いまなおカリスマ性を失わず、時代、世代を越えて支持され続けるビートルズ。いったん頂点に上り詰めても、たちまち忘れ去られるのが流行音楽の常なのに、なぜ彼らだけは例外なのか――。
世界各地のポピュラー・ミュージックに精通する音楽評論の第一人者が、彼ら自身と楽曲群の地理的、歴史的ルーツを探りながら、その秘密に迫った『ビートルズ』が9月に刊行。
著者である北中正和氏と1960年代をロンドンで過ごしたピーター・バラカン氏が、彼らの魅力をさまざまな角度からひも解いていく。

 ***

バラカン(以下、バ) まず北中さんがビートルズに関する本を書くとは夢にも思っていなかったので、正直びっくりしました。

北中(以下、北) 友だち全員からそう言われてるんです(笑)。

バ 僕も最近、イヴェントとかでビートルズを語ることが結構あるんですよ。なぜなんだろう、よくわからないんですけど。でもさすがに、本を書くにあたって、ずいぶんビートルズを研究しましたね。参考文献は、この本を書くために読んだんですか? それとも全部読んでました?

北 読んでいたものももちろんあるんですけど、今回初めて読んだもののほうが圧倒的に多いですね。僕自身が1960年代に少なくともヒット曲はリアルタイムで聴いていて影響も受けたし、いつか機会があればビートルズについて何か書いてみたいなという思いはあったんですね。最初、「ニューミュージック・マガジン」という雑誌で働き始めたころは、ロックとポップスの知識しかなかったので、ロックの原稿はいっぱい書いていたんですよ。90年代以降はワールドミュージックの仕事の方が多くなったんですけど、ビートルズへの関心はずっと持っていた。けれども改まって書く機会がないなあと思っていたんです。でも21世紀に入ってから、昔聴いていたロック系のアーティストが次々に亡くなったり、あるいは自分の年齢を考えると、自分もいつ死ぬかもわからない。

バ 僕もそういう話をしたばかり(笑)。

21世紀版のビートルズ論


北中正和さん

北 で、生きているうちに機会があったら書くのもいいなあと思っていたのが一つですね。それと自分の中でビートルズの印象が鮮烈だったのはやはり60年代なので、ビートルズというと真っ先に60年代のことが頭に浮かぶんですけど、当時はハンター・デイヴィスが書いた伝記の本くらいしか読んだことはなかったし、その後随時新しい情報は入ってきましたけど、そんなに丁寧には追いかけてなかったので、自分自身のビートルズへの関心が20世紀のどこか途中で止まっている感じもあったんですよね。で、今の時代の情報でビートルズを聴き直してみたらどんな風になるか、21世紀版の自分のビートルズの認識をまとめたらどうだろうかなあ、みたいなことは思いました。それといっぱい本がありすぎて、入門書的なものがあまりないと人から言われたことも念頭にはありました。

バ 確かに入門的な本はあるにはあるだろうけど、何を入門的というかでしょう。いまは、かつて誰も知らなかったようなことがどんどん明らかになったり、いろんな関係者が語ったりするから。僕個人のことを言うと、『サージェント・ペパーズ』以降、ビートルズに少しずつ興味を持たなくなったんです。最初に知った時の印象が一番強いから、それが一番心に深く残っているのかもしれませんね。だから僕にとって「プリーズ・プリーズ・ミー」だったり「ツイスト・アンド・シャウト」だったり、あの初期から中期が一番好きで、ビートルズの音楽の幅が一気に広くなった時に、すでに違うタイプの音楽を聴くようになっていたんで、興味があまり持てなくなっていた。今聴くと、また全然違う大人の感覚で聴くことはできますけど、でも10代の感覚っていうのは抜けないんだな。北中さんはどうなのかな。

北 最初の頃はすごく面白いロックのバンドっていう感じですよね。それで、シングルが出るごとにどんどん新しい感覚のものが出てくるし、複雑になっていく。ビートルズの成長と、自分自身の成長が、ちょっと重なり合うような感じがあったので、『サージェント・ペパーズ』までは文句なしに面白いなあと思いましたよね。ただ、『マジカル・ミステリー・ツアー』とか『ホワイト・アルバム』になってくると、幅が広がりすぎて、ちょっと焦点を絞りにくいなあという感じはあったんですけど、興味はずっと持ってました。

リヴァプール訛りは関西弁?


ピーター・バラカンさん

バ ビートルズがデビューしたころのイギリスは、ラジオで映画音楽とかスタンダードなんかが掛かっていた時代です。突然出てきたビートルズを聴いて、「なんか違うなあ」という印象を持っていたけど、あっという間にラジオ、雑誌、テレビを席巻して、出すものは全部1位。63年にはヨーロッパを完全制覇してしまいました。

北 ビートルズはイギリスの北の方からやってきたバンドですが、田舎っぽい感じはなかったんですか?

バ ありました。北中さんも本で書いていましたけど、リヴァプールというところはイングランドの北西部で天気は悪いし寒いし、僕は行ったことがなかった。北部って言うと、あまり行きたいとも思わない暗いイメージがあったんです。ところが、一夜にしてというか、ビートルズの異常なほどの人気でそれががらりと変わったんです。まだロックという言い方がないような時代だけど、ロックンロール的な音楽をやるイギリスの人はみんな、アメリカの発音を真似してた。中途半端な真似だったりするんだけど。でもアメリカっぽく歌わなければカッコ悪いというイメージがあった。そうじゃないことをやったのは、たぶんビートルズが初めてじゃないかな。ビートルズがいきなりリヴァプール訛りで、それも丸出しで、最初はえっ、ていう驚きがあった。

北 しゃべりだけじゃなくて、歌の中にもそういうアクセント、訛りがあったんですか。

バ そうね。しゃべるときほどではないかもしれないけど、かなり強かった。それが、彼らの存在がカッコいいものだったから、急に地方訛りがカッコいいことになっちゃったの。

――それは日本語で言うと、関西弁なのか東北弁なのか、どうなんでしょう?

バ 何弁なのかなあ……。

北 関西弁というと、やはりお笑いのイメージが強くなっちゃいますよね。九州から来た鮎川誠さんが博多とか久留米の言葉をずっとしゃべっていて、そんなニュアンスかなあなんて思ったりもするんだけど。

バ うーん……、日本の特定の地方には当てはまりにくいんだけど、要するに「田舎者」。当時の感覚で言うとね。

北 日本でビートルズが出て来た時、インタヴューでの受け答えが面白いという評価がありました。

バ 当時のイギリスというのは、労働者階級の人たちが突然主役になるという時代だったんですね。そういう時期だから、ああいう生意気な受け答えをして僕らの世代に受けた、というところはあったと思います。

北 ピーターから見てカッコいい受け答え? それとも気負っている感じ?

バ いや気負っている感じは全然しない。イギリスの労働者階級の人たちって、ああいう結構イキのいい受け答えをするものなんですね。でもテレビのインタヴューに対してはどうかなあ。ビートルズのどこが一番救いだったかというと、下手に生意気なことを言うと、性格次第で嫌われることも当然あるんだけど、彼らの場合は「徹底的に憎めない」んです(笑)。なんかどこかかわいい。あのジョン・レノンの例の、宝石をじゃらじゃら鳴らしてちょうだいっていう、あれはねえ、普通だったらもう絶対に言えないコメントだけれども、あの時代だからかもしれないけれども、言われた皇太后だったかな、も笑ってるんですよね、客席で。

北 ですよね。

バ 余裕があるっていうのも、当時のイギリスのいいところだったかもしれない。

北 あんなことを言うのも勇気がいることですよね。

バ 言った時のジョンの表情もまた面白い。あー、なんかまずいこと言ってばれちゃったみたいな。そこがまたジョンの憎めないところでね。

北 キャラクターもスターになる上では重要ですよね。理屈だけじゃなくて。

バ そうだよね。しかもジョン一人じゃないからね。本でも書いてたけど、あの4人が1つのユニットになってて、バンドだからあそこまで行けたんだな。

(次回へ続く)

新潮社 波
2021年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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