長濱ねるが親友から言われた忘れられないひと言とは?

対談・鼎談

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イノセント・デイズ

『イノセント・デイズ』

著者
早見 和真 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101206912
発売日
2017/03/01
価格
880円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

物語における「救い」とは

[文] 新潮社


早見和真さんと長濱ねるさん

長濱ねる×早見和真・対談「物語における「救い」とは」

ミステリー小説『イノセント・デイズ』の大ファンという長濱ねるさんと、著者の早見和真さんの対談が実現。作家が執筆中に叫ぶ瞬間、女子高生がアイドルを目指した時、そして物語における救いとは何か――。(※前編と後編の2回に分けて掲載。後編は1月5日掲載予定です。)

 ***

長濱 仕事で「おすすめの本」を聞かれることが多いんですけど、私は百発百中で『イノセント・デイズ』と答えています。二日、三日落ち込んで、余韻に引きずられちゃうような本が好きなんです。『イノセント・デイズ』は、最後まで救いのない感じが、とても深みがあっておもしろかったです。

早見 ありがとうございます。

長濱 でも、早見さんがすごくお話ししやすい雰囲気の方でびっくりしました。

早見 小説家として、僕は自分をニセモノだと思いすぎているくらい思っているんです。そのせいですかね。

長濱 ニセモノ? 小説家じゃないということですか?

早見 はい。僕は人間としては傲慢だと思うんですけど、書き手としては謙虚というか、「本来、表現していい人間なのか」という思いが常にあるんです。小説家という立場になって、自分を分析していきますよね。そうすると、たぶん僕は空気を読むことに長けているんだと思うんです。

長濱 私、マネージャーさんに「長濱さんは空気を読むことは長けてる」と言われたことがあって、今ちょっと似てると思っちゃいました(笑)。

早見 長濱さんのエッセイ(「夕暮れの昼寝」、「ダ・ヴィンチ」連載中)を拝読して、まさにその部分を感じました。あえて偉そうに言いますけど、長濱さんは、空気を読んだ上で「どう振る舞うか」よりも、「緊張する」とか「照れくさい」という気持ちの方が勝っているように感じたんです。その結果、エッセイにも書かれていたように、「内心、何考えているかわからない」と人に言われるんじゃないかなって。

長濱 丸裸にされてる気がする(笑)。

早見 やっぱり文章って隠せないと思うんです。僕は文章がいちばん人となりを表現するものだと思っていて。

長濱 メディアのお仕事をする時に、ちょっと猫をかぶっちゃう自分もいるんです。そうしているうちに、自分が思っている自分像とどんどん乖離していくのが嫌で、「文章だったら本当の自分を書けるかもしれない」と思って、エッセイを書き始めたんです。でも、心のどこかに、「本当の自分をわかられてたまるか」という気持ちもあって(笑)。だから、いま、早見さんがおっしゃった「内心、何考えているかわからない」というのは、褒め言葉として受け取りました。

早見 だけど、やっぱり行間からは隠せない何かがにじみ出ていると思うんです。それも含めて「隠せない」と。その意味で、長濱さんはたぶん、女の子っぽいところは見せたくないんだろうなって感じました。その結果、エッセイの中に「ハイボール」とか「サウナ」というキーワードが強く入ってくる。

長濱 私、幼い頃から「ぶりっこ」と言われることが多くて、そう言われるのがすごくトラウマだったんです。だから、わざとガサツに見せようとしてるところがあって、でも、そういうところを隠そう隠そうとしているので、今、すごく恥ずかしいです(笑)。

早見 やっぱり「文は人なり」ですよね。長濱さんは、隠せない何かがにじみ出ている文章を書かれる方なので、だからこそすぐにでも長いものを書いたらいいんじゃないかなと思います。

〈以下、『イノセント・デイズ』の結末に触れる箇所があります。未読の方は次の※※※印からお読みください〉

長濱 早見さんが小説を書くときは、まずプロットを作るんですか?

早見 作品にもよります。『イノセント・デイズ』は、主人公の田中幸乃を生かすか殺すかを考え抜くことから始めました。「どういう読後感にいたるか」というゴールを決めるまでは、一文字目を書けませんでした。

長濱 『イノセント・デイズ』は、どうしてあの結末にしたんですか?

早見 ひとつは、僕自身がこれまでニュースで見た容疑者のことを「当然、裁かれてしかるべきだ」と決めつけてきたんじゃないか……という自分に対する刃があったんです。みんなが当たり前のように「凶悪犯だ」と思っている人に対して、「本当に凶悪犯なのか?」と立ち止まる視線が、読者にも伝わるといいなと思ったんです。もうひとつは、長濱さんの意見の否定になってしまうかもしれないんですけど、あのラストにこそ、救いを感じ取ってくれる読者がいたらいいな、と。

長濱 あの結末だからこその救いということですか。

早見 はい。あの結末こそが、田中幸乃が唯一、自分で願い続けて手にしたものだという……。

長濱 ああ、なるほど! すみません……めちゃくちゃ浅はかな読み方で。

早見 とんでもないです(笑)。

長濱 「救い」という言葉が、すごく腑に落ちました。あのラストこそが田中幸乃の光であったと。

早見 そういう捉え方もできるんじゃないかと思うんです。僕自身は、誰か身近な人が自分で命を絶ったら打ちひしがれてしまう人間だけれども、でも、それも生きていく上での選択肢のひとつかもしれない。もしかしたら、最後に解き放たれて、笑顔で死んでいく人だっているんじゃないか、と。

長濱 そうですよね……。

早見 『イノセント・デイズ』を読んで、「自殺を思いとどまった。死ぬのはまだ早いと思えた」と言ってくれた高校生がいたんです。それを知った時は、何か伝わったのかなと思えました。

新潮社 波
2021年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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