<東北の本棚>2度の津波体験伝える

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<東北の本棚>2度の津波体験伝える

[レビュアー] 河北新報


『田老の町で生き抜いて』
田沢五月[著](宮古民友社)

 爽やかな感動を残す物語である。モデルは岩手県田老町(現宮古市)で生きた赤沼ヨシさん。明治三陸大津波で生き残った父を持ち、自身は昭和三陸津波、東日本大震災の津波を乗り越えた。同郷で奥州市の作家が、5年前に98歳で旅立った赤沼さんの波瀾(はらん)万丈の生涯を取材し、読み応えのあるフィクションに仕上げた。

 わらくずの中に産み落とされた女の子は、イタコの伯母の助言でヨシ以外にサヨという名前も付けられた。体が丈夫で「じょうぱり(強情っぱり)」。言い出したら、何が何でも頑張り通す子だった。そんな女の子が成長し、結婚して子どもをもうけ、食堂や民宿を営んだ一生を二つの津波と太平洋戦争を中心に描く。

 印象に残るのは、津波のリアルな描写だ。赤沼さんは昭和三陸津波の時は15歳、東日本大震災の時は93歳だった。鮮明な記憶が真に迫った描写を生み出したのだろう。その場に居合わせるような恐ろしさを感じさせる。また、サヨや父の口を通して「津波は必ず来る」「命は『てんでんこ』だ」などの言葉が繰り返され、物語の重要なメッセージとなっている。

 津波常襲の地に暮らしたサヨの人生は苦難の連続だった。戦争で激戦地に向かう夫との面会など悲しい場面も多い。だが全体のトーンは暗いだけでなく、明るささえ感じさせるのは、サヨが常に前を向いて頑張ってきたからだろう。その姿に読者は勇気付けられるに違いない。

 震災当日の夜、サヨが生き残った高齢者らに「たぶん生がされでいる者には、何がやるごどが残っているんだべ」と語る場面がある。それが赤沼さんにとっては自分の経験を伝えることだったのかもしれない。著者は仮設住宅に住む赤沼さんの元に5年間通った。心を通わせながら証言を記録してきたことがうかがえる。ずっと読み継がれてほしい一冊だ。(裕)
   ◇
 宮古民友社0193(63)5919=1400円。

河北新報
2021年10月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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