『国際私法』(有斐閣ストゥディア)刊行によせて
[文] 有斐閣
国際私法が手に取るようにわかる! 簡潔でわかりやすい説明と,多数盛り込まれた図表や条文関係図・フローチャートなど,理解を深めるためのさまざまな工夫をこらした『国際私法』(有斐閣ストゥディア)。その著者である、多田望・西南学院大学教授、長田真里・大阪大学教授、村上愛・北海学園大学教授、申美穂・明治学院大学准教授が、本書がどのようにして誕生したのか、その秘密などを語り合います。
本書の企画を受けて
――お忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。思い起こせば2012年頃に各先生に本書の企画概要のお話をさせていただきました。そのときの素直な感想をお教えください。
多田 あのときは、わかりやすくて売れる教科書を書いてほしい、と言われましたが、「売れるかどうかまでを、我々執筆者が考えなくちゃいけないの?」みたいな(笑)。そういうところから始まりました。
村上 そこまで読者に歩み寄らなきゃいけないのか? という意識は、わりとあった気がします。他の本とどの程度違うものをつくるのか、あまり具体的にイメージを持っていなかったので、普通にそれぞれ原稿を書いて持ち寄って、それで出版されるのかなと思っていました。ここまで丁寧にやるとは考えていなかったですね。
長田 2回目の会合のときに(編集担当の)一村さんから「授業で使っているレジュメを持ち寄ってください」と言われまして、全員のレジュメを見ながら話をしていたら、一村さんが、「こういうレジュメの代わりになる本がつくりたいんです」とおっしゃられたんですよね。そのとき、イメージがわかないままに、「はあそうですか」ってお答えした記憶があるんですけど……。
初期の原稿は……
――初学者向けの教科書の執筆依頼というイメージで始められたのでしょうか?
多田 そうですね。初期の原稿を見ると文字ばっかりで。図やケースもありますけど、ずっと「である調」で……。結局、他の入門書とどう違うんだろうって。
申 授業で使えるわかりやすいテキストの具体的なイメージが、まだ出来上がってなくて。本当に試行錯誤、五里霧中、暗中模索みたいな感じで、一個一個アイデアを出しては潰して、ということをやっていた気がしますね。たしかに、私も授業でテキストを指定していたんですけれど、実質、自分がつくったレジュメと授業での説明がメインになっていました。「使えるテキスト」というコンセプトは理解していたけれど、何も具象化できていなかったですね。
多田 勉強のためには、学生自身が表や図を書いたりフローチャートを作ったりして、初めていろんな知識がまとまるんだから、それを僕らが代わりにやるのは、学ぶ機会を奪って良くないという思いが今でもあります。でも、いつからかどこからか、思い切って舵を切った形ですね。
一つ一つ文言をチェックして組み立てていった
――具体的にどうやって執筆を進められたのでしょうか?
長田 Wordの文章の段階では、会合でそれをプロジェクターで映写しながら、変更履歴機能を使って一つ一つ直していました。でもゲラになってからは、それでやるとゲラに反映できないし、一方、やっぱりゲラを見てからでないと分からないところもあるし、どうやったらいいのかが課題になって。
申 そういう方法の模索から始まったのも、時間がかかった要因の一つだったと思うんですよね。もともと4人がバラバラなエリアに住んでいて、コロナ前からオンライン会合をするようになっていたんですが、どういうふうにやったら効率的に、かつ後々の編集にうまく反映させられるのかを考えなくてはいけなくて。こんな方法があるんじゃないか、こういうデバイスがあればできそうだとか、そこからやっていましたよね。結果的にオンライン授業のスキルの凄まじい向上につながったという副産物もあったんですけれど(笑)。
村上 Zoomでタブレットの画面を共有して話し合いながらゲラのPDFに直接書き込む方法を発見してから、やりやすくなりましたね。
執筆者に素晴らしい画伯がいた!
――このテキストは申先生をはじめ、先生方のご提案を議論を通じて、わかりやすく魅力的な図表やフローチャート図を多数掲載することができました。私自身、あまり経験がなかったので、とまどうこともありましたが、先生方の抜群なセンスのおかげで、編集部としても助かりました。
申 私は、美術部に所属していたマンガ大好き少女だったので、元々絵を描いたりすることは好きだったんですが、よもやそういうのがここで活きるとは思いもしませんでした(笑)。先生方の原稿を見ながら、「もしこれを自分で描くならこうなるかな」と思っていたのは初期の段階からあったんですが、あんまり自分が担当じゃないところに口を出すのも気が引けるところがありまして。ただ、最終的な段階になって、自分とそれ以外のところとの雰囲気の違いとかレイアウトのバランスを考えると、これは全章分やった方がいいんじゃないかなと。いくつか自分なりにアレンジした図表をつくってみて、「なんとかなるな」と思えて。
多田 本当は申先生に描いて頂けたら良いなと思っていたんですよ。でもお仕事を増やすのは申し訳なくて……。
サビニャー先生とワンチーニくん誕生!
―――図表だけでなくて、この本にはサビニャー先生やワンチーニくんというかわいいキャラクターも登場しています。
村上 全章共通のキャラクターを作ったらどうかという話があって。サビニャー先生というネーミングは申先生がポロッと出されて、「それすごくいい、サビニャー先生かわいい!!」と思って。
申 サヴィニーならぬ、サビニャーと言ったら、皆さんに怒られますかね?とか、そんなようなことを書いた記憶が(笑)。
――ワンチーニくんはけっこう後でしたよね。
長田 そうなんです。なかなかキャラクターのデザイン化がうまくできないサビニャー先生のイラストを杉本さやかさん(株式会社バードデザインハウス)にお願いする話になって、会社に伺ったところ社長さんが、「キャラは引き立て役がいるといいんだよ」とおっしゃって。それでワンチーニくんも登場することに。
多田 杉本さんが描かれたサビニャー先生とワンチーニくんの登場で、この本を早く世に出したい! と執筆のモチベーションが上がりました(笑)。
実際に使ってみても最高の教科書
――実際に授業で使ってみられていかがですか?
申 4月からの授業で使用していて、学生は非常にわかりやすいと言ってくれています。私自身としても授業で説明するときに、条文関係図や図表を見てくださいと言えるのはとてもやりやすいです。たとえば、このあいだ、法の適用に関する通則法11条と7条から10条との関係の話をしていたのですが、どこが特則になって何が最終的に適用されるかのあたりは、言葉にするとすごくわかりづらいんですけれど、図表があると一目瞭然で。特にオンライン授業になって、直接学生の顔を見ることができない環境下でそういう伝え方ができるのは非常にやりやすいですし、また説明する際にも、よく練られた文章だなと感じることが多いです。
村上 自画自賛(笑)。
申 「国際私法は難しい。先生の話も難しいんだけど、授業で理解できなかったところは教科書を読むと理解できました」と言ってくれる学生が一定数いたのは、うれしかったですね。これぞテキストのあるべき姿だなって。
村上 サビニャー先生とワンチーニくんの対話の部分についても、わかりやすいという声をききました。本文の部分は難しいという人も、対話形式で書かれていると頭に入りやすいようです。楽しみながら勉強してくれているなと感じます。
申 楽しみながらというのは、あると思います。去年オンライン授業になって動画を作っているときに、難しい法律の授業を少しでも楽しんでもらえればと思って、フリー素材の癒し系のイラストを入れたりしていたんですが、それが学生にすごく好評だったんです。ちょうど本の執筆の大詰めで、「この方向は間違っていないな」と思えました。イラストや図表とかって、本の内容としてはかならずしも必要でないのかもしれませんが、ちょっと息抜きできるポイントがあるというのが、学習にいい影響を及ぼしていると感じるところです。
多田 今の時代は、軽いものが好まれる傾向がありますよね。
漫画からスタートの画期的な本
申 この本は社内でどういうふうに受け止められているんですか?
――「いきなり漫画から始まってる」みたいな話にはなっているみたいで……。
村上 当初は出だしも、シナリオ風とかRPG風とか、いろいろなアイデアがありましたよね。その中でネコ劇場になって。これにイラストをプラスしたのをゲラにしたんですが、イマイチだったので、思い切って四コマ漫画にしたらどうかという話がでてきて……。うまくできるのかな? と思ったのですけれど、幸いにも杉本さんは快く引き受けてくださいました。
申 知人に本を送るときに、有斐閣から出ますって言ったら、「すごいねえ~」という反応だったんですけれど、「4コマ漫画で始まる」とも伝えたら、「えっ! 有斐閣の本で4コマ漫画なの?」とビックリされまして(笑)。でも実際に手にとっていただいたら、「この本、わかりやすくて面白かった」と。書店で買う場合にも、本をパラパラと見て決める方が多いそうですが、最初に漫画があるとハードルが相当下がるみたいで。
もはや4人は戦友!
――この9年の間に先生方もずいぶん仲良くなられたそうですね。
村上 コロナ前にリアルで何回か会合できたおかげで、お互い親しくなれたといいますか。やっぱり、リモートだけで人間関係を構築するのはなかなか難しいので。
長田 私と多田先生は大学院時代からすごく親しくさせていただいていましたけれど、申先生と村上先生は大学が違うので……。
多田 学会で年2回会ったりするくらいですかね。
長田 いまや完全な戦友ですけれども。
村上 ありがとうございます。
申 そう言っていただけて、本当に光栄です。そういう意味では、長い時間がかかったのも無駄だったわけではなくて。いろいろ試行錯誤する中で、学説や立場、考え方の違いを乗り越えて、最終的にテキストとして何を書くべきかを、ディスカッションを通じて収斂させることができました。最終段階に近くなって、これは本当に本になるぞと確信を持てたときは嬉しかったですね。本が届いて、テンションぶち上がり! みたいな(笑)。思わず写真を撮って、他の3人に「届きました!」って送ったんです。
多田 長い冒険の末に、いい戦友と共に素晴らしい本を作ることができて感慨深いです。
――本当にドラマを感じさせる本書の誕生秘話でした。本日は本当にありがとうございました。
(2021年6月15日収録)
※書籍の詳しい情報と、この座談会のフル・バージョン(書籍編集部noteに掲載予定)は、有斐閣ウェブサイトをご覧ください。