北海道在住作家ならではの視点で描く、北海道開拓の光と影!

レビュー

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小さい予言者

『小さい予言者』

著者
浮穴, みみ, 1968-
出版社
双葉社
ISBN
9784575244526
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

北海道在住作家ならではの視点で描く、北海道開拓の光と影!

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

 本書は『鳳凰の船』『楡の墓』に続く、北海道の近代を生きた人々を描いた3部作の完結篇だ。すべて短篇集であるが、どの作品も水準は高い。それは、『鳳凰の船』で第7回歴史時代作家クラブ賞を受賞したことや、本書収録の「ウタ・ヌプリ」が『時代小説ザ・ベスト2021』に採られたことなどからも理解していただけるだろう。この3部作は、まさに浮穴みみの代表作といえるのだ。

 冒頭の「ウタ・ヌプリ」は、明治31年から北海道の北見枝幸で起きた、ゴールド・ラッシュが題材だ。幌別川上流で金田が見つかり、人々が砂金に群がったのである。父母と3人で檜垣農場に移住してきた弥太郎も、ゴールド・ラッシュ熱に取り憑かれたひとりだ。幸いにも人に恵まれ、砂金掘りの技術を身に着けていく弥太郎。女房にしたい女も見つけた。だが、藤助という男に誘われ、独立したことを切っかけに、彼の夢は弾けるのだった。

 弥太郎の蹉跌に、平成のバブル崩壊を重ね合わせることが可能だろう。人間の行いは、昔も今も変わらない。実は弥太郎の父親も、若い頃に家を飛び出し、無頼な暮らしをおくっていたことがある。この父親の存在が、物語に厚みを与えているのだ。トップを飾るに相応しい秀作である。

  続く「費府早春」は、フィラデルフィアが舞台。実在したお雇い外国人のライマンが、不審な手紙を受け取ったことや行き場を失った日本人と知り合ったことから、北海道の地質調査などを含む、日本滞在時代を回想する。炭鉱経営が上手くいかず経済的に追い詰められながら矜持を失わないライマンの視点で、日清戦争の勝利を機に驕りが見えるようになった日本が静かに批判されている。

  以下「日蝕の島で」では、枝幸の地で文化に目覚めた女の一生が、母親の思い出や短い夫婦生活を絡めながら、情感豊かに綴られていく。「稚内港北防波堤」は、ある一家の崩壊の危機が、鮮やかに表現されていた。こうした物語を通じて、日蝕が象徴する天と、砂金や鉱山に象徴される大地に挟まれた、人々の営みが浮かび上がってくるのだ。

 そしてラストの「小さい予言者」は、浮穴版『風の又三郎』というべきか。炭鉱町の上空知に現れた不思議な少年の起こす騒動を通じて、戦争の愚かさが剔抉(てつけつ)される。戦争に負け、近代日本の夢は弾けた。上空知の賑わいも、遥か昔のことになる。しかし夢の跡から、新たな夢が生まれるだろう。本書は、経済的に苦しい状況が続く現在の北海道に贈った、作者のエールでもあるのだ。

小説推理
2021年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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