最強の“元官邸官僚”が提言 日本のインテリジェンスの課題

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

情報と国家

『情報と国家』

著者
北村 滋 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784120054624
発売日
2021/09/09
価格
3,300円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

最強の“元官邸官僚”が提言 日本のインテリジェンスの課題

[レビュアー] 濱嘉之(作家)

 著者の北村滋は警察官僚としては珍しく、自らよく動き、物事の先手を取るようなことを手際よくできる人物だった。本書が出版されたのも、著者の退官直後。退官後の第二のキャリアを見据えた余りの“手際のよさ”に「インテリジェンスや安全保障を志す方々が本書を手に取り……」という前書きの言葉が、空虚にさえ思われてしまう。

 本書のサブタイトルにある「憲政史上最長の政権を支えたインテリジェンス」の真の原点は、著者が総理秘書官を務めていた第一次安倍内閣だろう。このわずか一年の短命に終わった政権で五人もの閣僚が不祥事や失言で交代したことに、当時の安倍首相は「自民党内から引きずり降ろされた」との印象を強く持っていたと聞く。当然ながら、著者はこの首相の心情を知っていただけに、第二次安倍政権の内閣情報官となった時、外政よりも寧ろ内政の情報収集分析に力を注いでいた様子が顕著であった。霞が関対策は菅官房長官と杉田官房副長官に任せ、著者は内調国内部だけでなく、自ら子飼いのマスコミ関係者を獲得して政治家の“身体検査”などに専念できた。

 著者の警察庁での経歴を見ると、本富士署長、在フランス大使館一等書記官や警備局外事課長等、杉田官房副長官のそれに似ている。だが、杉田官房副長官が「高い調整能力を持ったインテリジェンスのプロ」と呼ばれていたのに比べ、著者の「日本のCIA長官」という評価は本人もさぞやバツが悪かろう。著者が内閣情報官として第二次から第四次安倍政権の国内での基盤を盤石にした一端を担う功績は確かに評価できる。しかし、国家安全保障局長という立場ではどうだったであろうか。前任者の初代谷内正太郎氏が一般企業をも経験した後に就任し道筋を付けた結果の実績だったのではなかろうか。日本と国境を接し、しかも領土問題を持つロシア、中国との外交問題、さらにはならず者国家北朝鮮との交渉では何の進展も見せていない。

 著者の悲願であったという国際テロ情報収集ユニットに関しては、今後、この組織が如何に発展していくのかを見ておく必要がある。フランスが情報機構を整えたつもりが国際テロの標的になった現実も参考になるだろう。今後、著者が約十年の長期にわたる在任中に育てたであろう内閣及び内閣官房の後進には、著者の思考過程を辿って組織を発展させてもらいたい。そして著者が再び、官邸の役人ではなく情報組織の長として戻って来ることを祈念して止まない。

新潮社 週刊新潮
2021年11月11日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク