『やくざ映画入門』
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『半沢直樹』もやくざ映画?!
[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)
やくざ映画は万人向けのエンタメではない。だが、これでしか「心の安寧」を得られない人、「救われない魂」が存在するのだ。春日太一『やくざ映画入門』はそれを教えてくれる。
論じられるのは「やくざ《映画》」という創作物であって、実際の「やくざ」ではない。キーワードの一つが「任侠」だ。わが身を張って弱きを助ける自己犠牲の精神である。
しかし、そこでは組という「公」に対する義理と、「私」としての人情がぶつかり合い、葛藤が生まれる。たとえば高倉健の「昭和残侠伝」シリーズなどのように、単純な勧善懲悪を超えた人間ドラマが動き出す。
著者は、やくざ映画の特徴として、また魅力として「自己完結の美学」を挙げる。破滅すると分かっていても、自分なりの生き方を貫こうとする姿勢だ。我々が現実生活の中で実践するのは困難だからこそ、主人公に声援を送りたくなる。
本書で「なるほど」と思ったのが、《『半沢直樹』=やくざ映画》説だ。「やられたらやり返す」が信条の半沢は、社会正義や倫理観で動くのではなく、自身の意地やプライドを懸けて復讐戦に挑む。まさに「自己完結の闘い」だった。やくざ映画の精神が国民的テレビドラマにも生かされていることが愉快だ。
その一方で、やくざ映画のヒーローたちの多くが世を去っている。鶴田浩二、高倉健、若山富三郎、菅原文太、渡哲也、松方弘樹などだ。本書は敬愛と感謝に満ちた墓碑銘でもある。