まるで一品料理のような味わい 秋の夜長にうってつけの名随筆

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味の台湾

『味の台湾』

著者
焦桐 [著]/川浩二 [訳]
出版社
みすず書房
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784622090458
発売日
2021/10/20
価格
3,300円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

まるで一品料理のような味わい 秋の夜長にうってつけの名随筆

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 台湾の味と聞くだけで、独特の匂いが漂ってくる気がして笑顔になる。多くの日本人が漠然ともっている台湾料理のイメージ(気取らない、やさしい、体にしみるような……)をこの本は裏切らないが、さらにその「味」を豊かな高みへと押し上げるような香気を加えてくれる。

 著者は詩人で、『完全強壮レシピ』なる詩集で名を馳せる。それは料理のレシピと詩とのマリアージュだ。詩はもともと、人の感受性を刺激し拡張するという性質をもっているが、多くの場合、どうしても視覚や聴覚が中心になりがちだ。著者はその感覚世界を味覚のほうへ拡張してみせた。味に対する興味、愛着、きめのこまかい感覚が印象的である。

 著者は一時期、毎朝六時に家を出て、十三キロも離れた店に「虱目魚」(台湾では一般的な養殖魚)を食べにいくのを日課としていた。妻は浮気を疑うが、ある日著者について行って、その味に感嘆し納得する。

 それよりもずっと昔、三年間はぐくんだ恋を失った時に(しかも相手はバレエダンサーというドラマティックな恋!)、落花生入り砂糖菓子「貢糖」をむさぼり、ほろほろと崩れる甘さで悲しみを癒した思い出も語られている。

 こんなエピソードからもわかるように、著者はもともと味によって生活をいろどり、味によって人生のひとこまを記憶する、そんな人だ。この本には、歳月をかけて練り上げられた一品料理のような小文が六十篇も並ぶ。担仔麺、焼肉粽、緑豆椪、客家小炒、小籠包、臭豆腐、猪血湯、茶葉蛋、枝仔氷。知っている味も知らない味も、この文章がすっと口の中にすべりこませてくるような気がする。そんな心地よさのなかにもしっかりと、台湾の歴史や風物、著者自身の人生のあゆみを浮かび上がらせる名人芸。繰り返し読めば、そのたびに発見がある。秋の夜長に、時を忘れて楽しむにはうってつけの名随筆だと思う。

新潮社 週刊新潮
2021年11月11日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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