一流の映画人が重厚なドラマに 「帝銀事件」清張が達した真相

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小説帝銀事件 新装版

『小説帝銀事件 新装版』

著者
松本 清張 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041227695
発売日
2009/12/25
価格
660円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

一流の映画人が重厚なドラマに 「帝銀事件」清張が達した真相

[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)

 日本が占領軍の支配下にあった昭和23年1月。閉店直後の帝国銀行椎名町支店に東京都の腕章をした男が現れ、近所で赤痢が発生したのでGHQ(連合国軍総司令部)から予防薬を飲ませるように命令されたと告げた。16人が薬を飲み、直後に10人が絶命、病院に運ばれた6人のうち4人が死亡。現金と小切手などが盗まれた。7か月後、画家平沢貞通が犯人として逮捕され、一審で死刑。昭和30年に最高裁で死刑確定。だが30年以上刑は執行されず、昭和62年95歳で獄死。

 昭和34年、清張は平沢犯人説への疑義を「小説帝銀事件」として発表。膨大な資料を基に事件発生から裁判までを詳細に検証。小説の形をとってはいるが内容はノンフィクションそのものだ。苛酷な取調べの中、供述は二転三転し、ついに自供。だが、彼がコルサコフ症候群に罹患していて、その症状である記憶障害と取り繕うためにすぐばれる嘘をつくことは周囲によく知られていた。これは冷徹で計画的な犯人像とは逆で、罹患で暗示にかかりやすくなったという鑑定結果からも、自供は検察官の意見に迎合した結果と清張は考えた。平沢を犯人とする最大の根拠は銀行に預けた金の入手先と理由。彼は最後まで言わなかったが、清張はある実業家が依頼した春画屏風の代金と推論。文展無鑑査の大家が春画で儲けていたと知れたら画家生命は終わる。平沢の見栄っ張りな性格から、恥よりも死を選んだ可能性があるとした。

 当初の捜査方針は「毒薬の扱いに慣れた者で、使用した道具から医学知識のある軍関係者」とされ、戦時中に細菌兵器開発のため人体実験を行った731部隊関係者が捜査線上に浮かぶ。が、GHQ幹部の警視庁来訪後、この捜査は唐突に終わり、医学知識ゼロの平沢犯人説へと舵が切られた。何故GHQが……。

 清張史観の原点となったこの作品は、昭和55年にテレビドラマ化。監督が森崎東、脚本は新藤兼人、監修を野村芳太郎という超一流一級の映画人が集結し、テレビ史に残る重厚なドラマが生まれた。仲谷昇ら俳優陣の熱演は必見。稀に日本映画専門チャンネルで放送される。見逃さないで。

新潮社 週刊新潮
2021年11月11日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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