『地上で僕らはつかの間きらめく ON EARTH WE’RE BRIEFLY GORGEOUS』オーシャン・ヴオン著(新潮クレスト・ブックス)

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地上で僕らはつかの間きらめく

『地上で僕らはつかの間きらめく』

著者
オーシャン・ヴオン [著]/木原 善彦 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784105901738
発売日
2021/08/27
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

『地上で僕らはつかの間きらめく ON EARTH WE’RE BRIEFLY GORGEOUS』オーシャン・ヴオン著(新潮クレスト・ブックス)

[レビュアー] 木内昇(作家)

移民の「僕」心象重ね

 忘れたいことほど、鍋底の焦げつきのように、しつこく脳裏にこびりついている。楽しかった思い出は年を経るとかすんでいってしまうのに、苦い経験はいつまでも生々しい。記憶というものは存外、意地悪にできている。

 ベトナム系アメリカ人であり、詩人として高く評価されている著者の、初の自伝的小説。「僕」は幼い頃に祖母、母とともにアメリカに渡った。ネイリストとして家計を支える母は、英語が読めない。その母への手紙という体裁をとって、「僕」は、コネチカット州ハートフォードでの暮らしの記憶をたどる。ときに叙情詩のように「僕」の内面に巣くった光景が、時を前後して断片的に立ち現れ、交錯する。軍人相手に売春をして戦時下を生き延びた祖母。未(いま)だ戦争の恐怖に苦しむ母。夫からも暴力を受けた彼女は、心的外傷からか「僕」にも手をあげる。貧しく、むごく、優しい家族の関わりがそこにある。

 14歳になった「僕」は、たばこ農園でアルバイトをはじめ、トレヴァーという薬物依存の少年と知り合う。そして自分がゲイであることを自覚する。これを母に打ち明ける場に漂う緊張と恐れと願い。動じながらも母が告白する、長らく秘めてきた過去。生というものの不可思議さを突きつけられる場面だ。トレヴァーとの性行為は甘美というより切実で、親しい者を看取(みと)る過程は痛みまで伝わってくる。筋だった小説ではないのに、心象を重層的に綴(つづ)ることで、「僕」をとりまく社会の深層まで露(あら)わになる。

 「ベトナム語では、誰かを“恋しく思う”というのと、誰かを“覚えている”というのは同じ単語で表される」。だがここにある記憶は、恋しいものばかりではない。マイノリティへの差別、貧困、暴力、大切な人との別れ。「僕」はしかし書くことで、忘れられない記憶から瞬間のきらめきをすくいあげる。健やかな愛を注いでくれたわけではない母への、けっして読まれることのない手紙という形にして。木原善彦訳。

読売新聞
2021年11月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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