『ペッパーズ・ゴースト』
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ちょっとだけ未来が見える主人公 伊坂節炸裂の爽快エンタメ
[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)
主人公の檀千郷(35歳)は、中学校の国語教師。彼は、他人のくしゃみの飛沫などを吸い込んで“感染”すると、その相手が翌日体験するはずの“未来”が見えてしまうという、なんとも奇妙な特異体質の持ち主。
父親から遺伝的に受け継いだらしいこの現象を、彼は、父にならって〈先行上映〉と呼んでいる。先行上映で見た未来は変えられるので、同僚の食中毒を未然に防いで感謝されたりすることも稀にあるが、まあ、あんまり役に立たない。
しかしあるとき、たまたま新幹線の事故を予見したばかりに、檀先生は、思ってもみない大事件に巻き込まれることになる。
それと並行して進むのが、檀先生が受け持っているクラスの生徒・布藤鞠子から、読んでほしいと渡されたノートの中の物語。そこには、“ネコジゴハンター”を自称する奇妙な二人組(悲観的なロシアンブルと、楽観的なアメショー)を主役とする小説が書かれていた。この仕事人コンビの目的は、かつて猫虐待動画の配信者に加担したネコジゴ(〈猫を地獄に送る会〉メンバー)たちに制裁を加え、猫たちの復讐を果たすことだった……。
へんてこな特殊能力を持つ国語教師の話と、プロっぽい仕事人コンビの話(作中作)。いかにも伊坂幸太郎らしいこの二つの話がいったいどう結びつき、どう発展するのかが見どころだ。
題名のPepper’s ghostとは、板ガラスと照明を使って、そこにはいない“幽霊”を舞台に登場させる仕掛けのこと。この小説の中で、いったい何が“幽霊”なのか? キーワードは、ニーチェの永遠回帰。あと、現実とはちょっとだけずらしたプロ野球ネタもたいへん効果的に使われている。とりわけ、(東京ドームじゃなくて)後楽園球場のジャイアンツ対イーグルス戦と同時進行するクライマックスが楽しい。伊坂節炸裂の爽快エンターテインメントだ。