小さな記憶をたどり縦横無尽に広がる 想像力の彼方

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小さな記憶をたどり縦横無尽に広がる 想像力の彼方

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 土地や家族の記憶を絡めながら、ファンタスティックで美しい世界を描き出す台湾の小説家、呉明益。彼の傑作『自転車泥棒』が文庫化された。

 語り手は台北で育った「ぼく」。少年の頃、父親は自転車に乗って失踪。大人になって自転車コレクターとなった「ぼく」のもとに、父親のものだったと思われる自転車を見つけたとの連絡が。「ぼく」は代々の持ち主や関係者と知り合い、彼らの記憶をたどっていく。見えてくるのは、台湾の近代史の中でのさまざまな人生、人とモノ、人と動物の関わり。縦横無尽に広がる物語は、やがて思いもよらない幻想的な風景を見せてくれる。

 台湾、家族の記憶とくればすぐ思い浮かぶのが東山彰良の直木賞受賞作『流』(講談社文庫)だろう。1975年の台北。かつて大陸からこの地へ来て家族を養ってきた祖父が、ある日何者かに殺されてしまう。おじいちゃんっ子だった17歳の葉秋生は、犯人捜しを始める一方で、受験や恋に悩み、不良との喧嘩や幽霊騒動に巻き込まれ……。ある時、一枚の写真によって、彼は祖父の死の真相へと導かれていく。刹那的でやんちゃな青春の日々と、激動の時代を背景にした家族の歴史が溶けあい、人の営みという“流れ”が見えてくる大作だ。

 この11月に9年ぶりの新作『残月記』(双葉社)が刊行されると話題の小田雅久仁。彼の『本にだって雄と雌があります』(新潮文庫)も、家族の歴史をたどるうちに壮大な景色が見えてくるファンタジーだ。本書は、博という男が幼い息子に向けてしたためた手記という体裁。そこで吐露されているのは、彼ら一家と本にまつわる秘密だ。博は幼い頃、書物の蒐集家だった祖父・與次郎の屋敷で空飛ぶ本を目撃した。それは、本と本が結婚して生まれる“幻書”だという。そこから豪放磊落だった與次郎の来し方、戦争体験、幻書をめぐる裏歴史が少しずつ明かされ、やがてなぜ博が手記を残そうとしているのかも語られていく。ユーモアと空想力と書物への愛があふれる一作である。

新潮社 週刊新潮
2021年11月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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