魚にもわかる 鏡に映った自分

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魚にも自分がわかる

『魚にも自分がわかる』

著者
幸田 正典 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
自然科学/生物学
ISBN
9784480074324
発売日
2021/10/07
価格
990円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

魚にもわかる 鏡に映った自分

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 チンパンジーは鏡を見て、映っているのが自分だとわかる。それは実験で確かめられている。まず鏡に慣れさせる必要があるが、慣れれば、自分の額についた赤いよごれを鏡で見つけると、鏡を触るのではなく自分の額に手をやる。つまり、鏡像が自分であるとわかるのである。

 人はそれを聞いて、さすが霊長類だと思うだろう。脳が大きく、人間に近い認識システムをもつ動物だからできるのだ、と。イヌやネコなどは鏡の性質を理解するが、冒頭のような形式のテストには合格しない。鏡の性質がわかることと鏡像自己認知とは別物なのである――。

 ところがここに衝撃的な研究に取り組む人がいた。幸田正典『魚にも自分がわかる 動物認知研究の最先端』によれば、脳の重量わずか1グラムもない魚(著者が実験対象に選んだのはホンソメワケベラ)にも鏡像自己認知ができるというのだ。著者はじつに周到な実験を重ねてそれをていねいに実証していったのだが、そのスリリングで胸アツな経緯はぜひ本書で詳しく見てください。

 論文を世界的科学雑誌に投稿し、査読者に難癖をつけられリジェクト(不受理)されたりしながら、なんとか世界に向けて研究成果を発信すると、とたんにわきおこった批判と称賛の嵐。世界の片隅から新しい知見をもって「人間こそ万物の霊長」的な価値観に激震をもたらす、こんなに痛快な研究があるんですね。心から応援したい。

新潮社 週刊新潮
2021年11月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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