中年を過ぎてから未知の言語を学ぶ歓び

レビュー

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ハングルへの旅

『ハングルへの旅』

著者
茨木のり子 [著]
出版社
朝日新聞出版
ISBN
9784022605443
発売日
1989/03/01
価格
704円(税込)

書籍情報:openBD

中年を過ぎてから未知の言語を学ぶ歓び

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「旅」です

 ***

 今いるところから別の場所へと移動するだけが旅ではない。外国語という言葉の森に分け入ることも、ひとつの旅であることを教えてくれるのが、茨木のり子『ハングルへの旅』だ。

「自分の感受性くらい」「倚りかからず」などの詩で知られ、戦後を代表する詩人のひとりである茨木は、50歳を目前に韓国語を学び始めた。1976年のことで、韓国は軍事政権下にあった。韓国語を習う人はまだ少なく、教える場所も限られていて、最初は朝日カルチャーセンターの「初級朝鮮語講座」に通ったという。

 全編にあふれているのは、新しい言葉を学ぶ歓びだ。長く言葉をなりわいとしてきた詩人が、未知の言語に出会い、その文字の面白さ、音の美しさに魅せられていく。ハングルが編物の記号に似ていることに気づいたり、韓国語を話す男性たちの声と発音を「きわめてセクシィ」と感じたり……。

 刊行は86年で、韓流ブームなど影も形もなかった時代だが、この本によって、韓国語を習う人が増えたという。

 茨木は何度も韓国を訪ねていて、旅の話もたくさん出てくる。70年代の韓国を日本人女性が一人で、それもソウルだけではなく地方にも足を延ばすというのは、勇気のいることだったらしい。だがそんなことを感じさせない、軽やかな好奇心が文章に息づいている。

 中年を過ぎてからゆっくりと「外国語への旅」に出かけるのも悪くないかも、と思わせてくれる一冊だ。

新潮社 週刊新潮
2021年11月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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