『「書体」が生まれる ベントンと三省堂がひらいた文字デザイン』雪朱里著(三省堂)

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「書体」が生まれる

『「書体」が生まれる』

著者
雪 朱里 [著]
出版社
三省堂
ジャンル
芸術・生活/芸術総記
ISBN
9784385349152
発売日
2021/08/31
価格
3,630円(税込)

書籍情報:openBD

『「書体」が生まれる ベントンと三省堂がひらいた文字デザイン』雪朱里著(三省堂)

[レビュアー] 飯間浩明(国語辞典編纂者)

活字作り 夢の機械物語

 手元に『辞林』縮刷版という小型国語辞典があります。大正時代に三省堂から刊行されました。本文の文字は直径1ミリ程度なのに、わりと鮮明。「よいものは必ず、美しい」という創業以来の考え方が反映しているのでしょう。

 ところが、この水準で満足しなかったのが創業者の四男・亀井寅雄でした。当時の辞書は、版下を写真に撮り、縮小して製版していました。よく見ると細かい所が不鮮明です。

 寅雄は「ベントン式字母彫刻機」なるものの存在を知ります。大きな文字でパターンを作成し、針でなぞると、その形を縮小した精巧な活字の母型ができるという、革命的な機械です。本書は、この彫刻機が試練を経て日本で実用化され、戦後のさまざまな活字書体を生む母体となる様子を追って行きます。

 寅雄がこの彫刻機を実用化するまでの苦労は並大抵ではありませんでした。米国滞在中に彫刻機の発明者に面会、渋る相手を説得して機械を買い付けます。新しく工場用地も買収、さあこれからという時に関東大震災が起こり、本社は全焼。横浜に届いたばかりの彫刻機も一時は行方不明になります。ようやく仮組み立てをしたのは、買い付けから3年後でした。

 一台の彫刻機をめぐる大河ドラマのような展開を、著者の筆は克明につづります。その文章を支えるのは膨大な参考文献です。マイナーな資料を含む170以上の文献に基づき、当事者へのインタビューも敢行します。印刷文化に対する著者の並々ならぬ愛情を感じます。

 寅雄がこの彫刻機を知ってから20年以上経(た)った1943年、小型の『明解国語辞典』が刊行されました。この彫刻機の成果の結晶です。辞書編纂(へんさん)に携わる私には、『明解』の見出しに使われた独特なゴシック体はなじみ深いものです。「明解書体」と言えるこの文字も、この彫刻機によって生み出されていたとは、不覚ながら知りませんでした。

読売新聞
2021年11月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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