文芸評論家・細谷正充が紹介する、冬の「おこもり時間」に読みたい小説8作品

レビュー

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  • 涅槃 上
  • 乱世を看取った男 山名豊国
  • すみれ飴 花暦 居酒屋ぜんや
  • 朝と夕の犯罪
  • 八月のくず 平山夢明短編集

書籍情報:openBD

エンタメ書評

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

 緊急事態宣言及びまん延防止等重点措置が全面解除されてから早二ヶ月が経った。だからといって、外出する気にもなれない。とにかく読みたい新刊が多すぎるのだ。結局、いつものように部屋に籠もって本を開くことが、最優先事項になっているのである。ということで、お籠もりしながら読んだ作品を取り上げることにしよう。

 まずは、垣根涼介の『涅槃』上下巻(朝日新聞出版)だ。戦国の梟雄といわれる宇喜多直家の生涯を描いた歴史小説である。直家といえば、一度は滅んだ宇喜多家を再興した人物だ。しかしこの男、とにかく評判が悪い。毒殺・暗殺・謀殺と、成り上がるための手段は選ばない。必要があれば、家族や婚姻関係も踏みにじる。これだけ見れば、悪評まみれになるのも当然である。

 だが本書の直家は違う。無能な父親・興家のせいで未来に希望のない日々を過ごしていた少年時代。備前福岡の豪商・阿部善定に才知を認められ、一家で面倒を見てもらうようになる。しかし、興家の子供を産んだ善定の娘によって、屈辱的な扱いを受けた。また、善定の薫陶により商人になりたいと思いながら、宇喜多家再興の宿命から逃れられないことを理解している。こうして容易に人を信用しない、内向的な性格が形成されていくのだ。だから浦上家の家臣になった直家は、どんな手を使ってでも宇喜多家を成長させていくのである。最初から決められた道を、必死になって進んでいく彼は、いっそ健気といっていい。ああ、直家とはこういう人物だったのかと、納得してしまったのである。

 さらに、毛利と織田に挟まれた宇喜多家の立場は、さまざまな分野で巨大企業の寡占化が進行する現代の日本に準えられている。直家の濃厚なセックス描写は、テーマのひとつの『涅槃』を表現するために活用されている。多くの読みどころを持った大作なのだ。

 吉川永青の『乱世を看取った男 山名豊国』(角川春樹事務所)の主人公・山名豊国も、毛利と織田の二大勢力に挟まれ翻弄される。しかし、したたかに立ち回った直家とは違い、迷走を重ねた挙句、家を潰してしまうのだ。いや、迷走といっては可哀そうか。豊国は山名の名を残そうと、常に苦しい判断を強いられていたのだ。

 山名宗全が応仁の乱を引き起こして以降、山名家は凋落の道をたどっていた。戦国の今は、但馬と因幡に家領を残すのみになっている。しかも訳あって、家老一族に首根っこをつかまれていた。聡明な豊国は伸張著しい織田信長に、新たな時代の可能性を感じる。だが内憂外患しきりの因幡を平定するため、そして山名家が生き延びるために、毛利と織田の間で裏切りを重ねるのだった。

 時代の変わり目には、新たな価値観が生まれる。豊国の悲劇は、山名家という古い価値観を背負いながら、信長の新たな価値観を理解できたことだろう。先が見えすぎる人物は、それゆえに辛い人生を歩むのである。では、豊国の生き方に意味はなかったのか。そんなことはない。戦国の激動を乗り切った彼の、到達した境地が静かな感動を呼ぶ。早ければ数年単位で価値観が変わる今だからこそ、豊国の境地に学ぶべきものがあるのだ。

 坂井希久子の『すみれ飴 花暦 居酒屋ぜんや』(ハルキ文庫)は、ご存じ「居酒屋ぜんや」シリーズの第二シーズンだ。主人公は、お妙・只次郎夫婦の養女になり「ぜんや」で働くお花と、薬問屋「俵屋」の新米手代の熊吉だ。かつて母親に捨てられた経験から、いろいろなことが気になり空回りするお花。早く昇進したことで、先輩手代から嫌われ、同期の仲間からは距離を置かれる熊吉。それぞれに悩みを抱えるふたりが、周囲の大人に見守られながら、少しずつ成長していく。若さゆえの苦悩に、同年代の人は共感し、大人は懐かしく思うだろう。

 また、お妙の亡き父が作った薬を甦らせる計画や、熊吉に嫌がらせをする者の存在など、シリーズの先に繋がりそうな要素も盛り込まれている。ニュージェネレーションの物語も、楽しくなりそうだ。

 降田天の『朝と夕の犯罪』(KADOKAWA)は、『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』に続く、警察小説シリーズの第二弾だ。前作は短篇集だったが、こちらは長篇である。物語は二部構成で、第一部は正近ユウヒと松葉美織の企んだ狂言誘拐に、ユウヒの兄の小塚アサヒが引っ張りこまれる。視点人物はアサヒであり、てっきり倒叙物かと思った。ところが第二部で八年後に飛び、神倉駅前交番勤務の狩野雷太がマンションの一室で、瀕死の少年と遺体になった女児を発見する。どうやら母親による遺棄事件らしい。ふたつの事件には、いかなる繋がりがあるのだろうか。

 名探偵役は雷太だが、彼の出番は少ない。メインで動くのは、ある理由から彼を嫌っている、神奈川県警捜査一課の烏丸靖子である。事件の調査はなかなか進まず、うろちょろする雷太も目障りだ。しかし最後には雷太の案に乗り、驚愕の真相が明らかになる。ああ、ミステリーのサプライズはそこにあったのかと、二度も感心。その一方で、児童を巡る問題にも、深く踏み込んでいる。それほど長いわけではないが、ずっしりと重い作品だ。

 平山夢明の『八月のくず』(光文社)は、ルール無用、なさけ無用の短篇集。「八月のくず」から「裏キオクストック発、最終便」まで、十作が収録されている。これは褒め言葉として使うのだが、どれも『ヒドイ』話である。冒頭の表題作は、妊娠した自分の女を無惨に殺した男が、地獄のループに嵌まってしまう。スプラッタ描写に慄き、ループのアイディアに驚く。オチも決まっており、作者の凄さと酷さを堪能した。

 以下、プロローグで崩壊する革命物語、脚本家の笠原和夫に捧げられた刺青奇譚、どう評価したらいいのか困惑する暗黒メルヘン、とことん救われないカニバリズム譚、最低最悪の子育て物語など、バラエティ豊かなストーリーが展開する。本当にヒドイ話ばかりなのだが、「幻画の女」「祈り」「ふじみのちょんぼ」は、一筋の優しさが感じられた。誰にでも勧められる内容ではないが、面白さは折り紙つきだ。

 大島清昭の『影踏亭の怪談』(東京創元社)は、第十七回ミステリーズ!新人賞を受賞した表題作を始め、短篇四作が収録されている。ミステリーとホラーを融合させたストーリーが特色だ。各話に呻木叫子という実話怪談作家が登場し、奇怪な事件に遭遇した人々(叫子自身の場合もある)の物語と、彼女の原稿が交互に挿入されている。

 冒頭の「影踏亭の怪談」は、呻木叫子が自宅マンションの一室で、椅子に粘着テープによって拘束され、両の瞼を自分の髪の毛で縫われた状態で発見される。いったい何があったのか。叫子の弟は姉の原稿を読み、事件の原因が牛頭温泉郷の旅館にあるのではないかと思い、そこに赴き、密室殺人に遭遇する。密室の真相はそれほど驚くものではないが、注目すべきはホラー部分の使い方。卵と鶏のどちらが先かと考えさせられるラストにゾッとした。しかし残りの三作は、いささか安直なところがあった。もっと物語を練るべきだろう。期待できる新人だけに、あえて苦言を呈しておく。

 春間タツキの『聖女ヴィクトリアの考察』(角川文庫)は、第六回角川文庫キャラクター小説大賞〈奨励賞〉受賞作だ。

 アウレスタ神殿の第八聖女ヴィクトリア・マルカムは、霊や魔法現象を視ることができるため・物見の聖女・と呼ばれている。しかし彼女を嫌う主席聖女のオルタナによって、懲罰房入りの後、追放されることが決定した。近年のネット小説でよくある・聖女追放・物かと思ったら、懲罰房の時点で助けが来る。エデルハイド帝国の騎士アドラス・グレインと、その従士のリコだ。アドラスはあることから、帝国の皇子である可能性が持ち上がり、騒乱の原因になりかけている。だが彼は、皇子の地位など興味はない。自分が皇子でないことを証明するため、ヴィクトリアの力を頼ったのだ。この依頼を引き受けたヴィクトリアだが、帝位継承を巡る騒動に巻き込まれていく。

 アドラスが皇子かどうかは途中で明らかになるのだが、物語はそこからが本番。波乱のストーリーの果てにヴィクトリアが、意外な真相を暴くのである。呪術のルールなど、ファンタジー世界ならではの伏線も鮮やかで、謎解き場面を盛り上げる。ファンタジー小説ファンだけでなく、ミステリー・ファンも注目すべき一冊だ。

 潮谷験の『時空犯』(講談社)は、時間ループ・ミステリー。そして壮大なSFでもある。主人公は中年の私立探偵・姫崎智弘。成功報酬一千万に釣られて、他の七人の男女と共に、情報工学の権威の北神伊織博士から、奇妙な依頼を受ける。なんと博士は二〇一八年六月一日を、千回近くループしているというのだ。集められたメンバーと共に、博士から渡された液体を飲み、ループ状況に入った智弘。しかし翌日の巻き戻った六月一日に、北神博士が殺される。そして次のループが起こると、別のメンバーが殺されてしまうのだった。

 なかなか大胆な構成の作品である。ループというSFの謎にミステリーの謎が加わり、物語は快調に進行。ところが途中で、いきなりSFの謎が明らかになってしまうのだ。そして以後はミステリーに特化。ループした四日間の情報を突き合わせ、姫崎がロジカルに犯人を指摘する。ぶっ飛んだ設定の上で、オーソドックスな本格ミステリーをやってのけた、ユニークな作品なのである。

協力:角川春樹事務所

Book Bang編集部
2021年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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