稲田幸久『駆ける 少年騎馬遊撃隊』は、はじけるような魅力に満ちた、期待すべきデビュー作!

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駆ける 少年騎馬遊撃隊

『駆ける 少年騎馬遊撃隊』

著者
稲田 幸久 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758413930
発売日
2021/10/15
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

特集 第13回角川春樹小説賞

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

 角川春樹小説賞は、エンターテインメント小説全般を対象にした新人賞である。つまりエンターテインメントならば、どのジャンルでも受けつけているのだ。だが近年の受賞作を見ると、歴史時代小説が多い。現在、歴史時代小説専門の新人賞が極めて乏しいため、ジャンルを問わない新人賞に歴史時代小説が集中している。量が多くなれば、質のよい作品が増えるのは当然のこと。その結果として、歴史時代小説の受賞が増えているのだろう。

 そして今年の第十三回角川春樹小説賞だが、最終候補に残った三作すべてが歴史時代小説であった。とはいえ内容はバラバラで、どの作品が受賞するかと思っていたら、稲田幸久の『駆ける 少年騎馬遊撃隊』(応募タイトル『風雲月路』)に決定した。戦国時代を舞台にした、少年のビルドゥングスロマンである。

 世は戦国。出雲国の近松村に住む少年・小六は、馬を扱う術に天賦の才を持っていた。ある日、同行したがる妹を残し、仲間たちと馬で夜駆けに出かけた小六。しかし帰ってくると村人は、野盗により皆殺しにされていた。手引きしたのは、村の嫌われ者で、小六の伯父の新介だ。ひとり生き残った小六は、毛利家の重臣・吉川元春の兵に発見され、そのまま愛馬の風花と共に、吉川軍に組み込まれる。元春に事情を話した後、口が利けなくなった小六だが、自分の居場所はもうここしかないと思い、老武士の浅川勝義のもとで厳しい槍の修練を続ける。さらに元春から馬術を認められ、騎馬隊の指揮を任せられる。尼子の再興軍との戦いが迫る中、元春の軍師の香川春継は、騎馬隊を使った驚くべき作戦を立案。戦の行方は、小六に託されるのだった。

 作者は「受賞の言葉」で、本書執筆の切っかけについて述べている。島根県雲南市を訪れ、草の匂いに包まれながら風を受けたとき、「馬に乗った少年が風と共に駆けている」場面が、突如、頭に浮かび魅了されたという。そして、「空に抱かれたこの地から始まる小説を書こう」と思ったそうだ。作者が書きたかった場面は明瞭であり、それを実現するために、この物語が組み立てられたといっていいだろう。家族を失い、口も利けなくなった小六が、尊敬すべき大人たちや、新たな仲間を得て、必死に前に進んでいく。その結果として到達する、騎馬隊が山を駆け下るシーンは、はじけるような魅力に満ちていた。

 実は最初に本書を読んだとき、山の戦いで騎馬隊を活躍させるのは、無理があるだろうと思っていた。だが、それまでに積み重ねた物語と作者の筆力が、困難きわまりない作戦に説得力を与えている。だから小六が風花と共に疾駆する場面に、胸が熱くなるのだ。

 それは本書を受賞作に選んだ、選考委員も強く感じたのだろう。選評を見ると、

「小説で何が大切かと言うと、心に響くような部分が書いてあるかどうかだ。それがこの作品では馬である。馬と人間の関係である」(北方謙三)

「匂いを感じる。騎馬遊撃隊が山を下るシーンだけでも、私はこの作品を推そうと思った」(今野敏)

「騎馬隊をクローズアップしているのが、今までにない視点だった。将来性を大きく感じた」(角川春樹)

 といったように、作者の書きたかった部分が、高く評価されているのだ。自らの目指すところを、真っすぐに描き切った作品なのである。

 だが本書の読みどころは、小六のストーリーだけではない。一方で、尼子再興軍を実質的に指揮する山中幸盛の人生が、しっかりと書き込まれているのだ。しかも従来の尼子家に尽くす幸盛とは違ったキャラクターになっている(一般的な鹿之助という表記ではなく、幸盛の名を使っている理由は、ここにあるのだろう)。若き日、毛利元就の策により尼子家中の精鋭・新宮党が壊滅し、大切な人を失った幸盛。その怨みが、戦いのモチベーションとなっているのだ。つまり幸盛は、もしかしたらそうなっていたかもしれない、もうひとりの小六なのである。このふたりの対比も、注目すべきポイントといっていい。

 また、いわゆる尼子十勇士や毛利家の武士、成り行きで尼子軍に加わった新介、毛利や尼子の忍者など、多数の登場人物に深い味わいがある。なかでも小六を鍛える浅川勝義がいい。「若い者を導くのは、年寄りの務めじゃ」という勝義の、小六への想いが綴られた部分は感動的である。それぞれの目的や感情を抱いて戦う人々の群像ドラマとしても、大いに楽しめるのだ。

 かくして作者は本書で、作家としてのスタートダッシュを鮮やかに決めた。これからエンターテインメント・ノベルの世界を、いかに駆けていくのか。どこまでも見届けたいものである。

協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2021年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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