歴史小説の未来を牽引する作家、稲田幸久氏と今村翔吾氏が語る「作家という人生」

対談・鼎談

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駆ける 少年騎馬遊撃隊

『駆ける 少年騎馬遊撃隊』

著者
稲田 幸久 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758413930
発売日
2021/10/15
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

第13回角川春樹小説賞

[文] 角川春樹事務所


稲田幸久(左)今村翔吾(右)

第13回角川春樹小説賞受賞作『駆ける 少年騎馬遊撃隊』の著者である稲田幸久さんの門出を飾るべく駆け付けたのは、同賞の第10回受賞者の今村翔吾氏さん。
歴史小説作家として、いま最も注目を浴びる二人が語る「作家という人生」とは――。

 ***

第13回角川春樹賞受賞! 新たなる歴史小説作家の誕生!

――第13回角川春樹小説賞受賞、おめでとうございます。受賞作『駆ける 少年騎馬遊撃隊』でデビューもされましたが、今のお気持ちは?

稲田幸久(以下、稲田) ありがとうございます。僕の人生を変えることになったこの作品が多くの方に読んでもらえることを願っています。

――今村さんは第10回の受賞者。今日は先輩としてお話を伺いたいと思います。

今村翔吾(以下、今村) 後輩の方と対談させてもらうのが初めてなので、すごく楽しみにしていました。何より、歴史を書く新たな仲間が増えた。そのことがめっちゃ嬉しいです。

――稲田さんの受賞作を読まれていかがでしたか?

今村 歴史小説のトレンドというか、今、読者が求めているものがぎゅっと詰まっている。そんな作品だと思いましたね。マイナーな武将を取り上げているのもそう。馬と人の関わりを描いたのも、一昔前の小説だったらディテールの一つでしかなかったと思いますが、そこを掘り下げてテーマに持ってくるというのが、すごくいいなと。臨場感もあって、面白く読ませてもらいました。それと、いい意味で男臭いなと。

稲田 ありがとうございます。書いている本人はトレンドとか意識していないんですが……。

今村 計算してたらできないですよね。でも、時代にフィットした作家さんが出てくるのは必然なのかなと。だからこそ、選ばれたのだとも思います。

稲田 ほとんど勢いで書いたような作品ですが、頭の中ではこの後にはあの場面が待っているぞと次の展開を心待ちにしているようなところもあって、自分でも楽しみながら書いていました。

今村 プロットは立てるんですか?

稲田 はい。でも道筋から逸れてしまうことが度々あって、どうプロットの通りに戻すかで悩んだり。でも、そういった過程も楽しかったです。

今村 作家あるあるですねと言いたいところなんですが、僕、プロットは立てないので。だから、戻したりできるんだと聞いてすごいなと。勉強されたりしたのですか?

稲田 どこかで学んだということはまったくなく。もともと本は好きで、中高時代は井上靖さんや吉川英治さんとか読んでいて……。

今村 読んでそう! 文章が綺麗なんですよね。でも、ただ綺麗なだけではなく、新人とは思えない熱のこもった感じもあるし。その頃から作家になりたいと?

稲田 きっかけと言えるのは、十六歳の夏に初めて小説を書いたことですね。その夏休み、すごい暇だったんですよ。あまりにもすることがないから、じゃあ、小説を書いてみようと思い立って、ルーズリーフにガーッと。それが楽しかったんだと思います。その頃から将来小説家になれたらなと考えていました。ですので、二十年越しで夢が叶ったという感じです。

今村 それからずっと書いてはったんですか?

稲田 いえ、一作書いたら満足してしまったところもあって、二、三年はまったく。その後も書いたり書かなかったりを繰り返し、この小説も五年ぶりに書いたものでした。

執筆を再開したきっかけと影響を受けた作家とは


稲田幸久

――何かきっかけがあったのですか?

稲田 島根県雲南市に行く機会があったんですね。中国山地の上のほうなので空がすごく近いんです。草原には風がぴゅーって吹き抜けていて、とても気持ち良くて。その時に、馬が駆けていたらカッコイイだろうなと。しかもその馬には少年が乗っている。そんなイメージが湧きました。かつては広島県の安芸高田市で公務員をしていたのですが、毛利の居城であった吉田郡山城の戦いなど多少の知識はあったし、その毛利と尼子の戦いなら島根を舞台に書けるかもしれないと。

今村 最初に本を受け取った時、大丈夫なんかなと思ってん。主人公の一人である尼子側の山中幸盛(鹿之助)、実は嫌いな武将の一人だったから(笑)。でも、途中で幸盛は尼子のために戦っているわけではないと見抜かれるじゃないですか。僕もそう思っていたんです。戦いたいだけなんやと。もちろんそれは小説家の捉え方でもあるんだけど、稲田さんが小説に落とし込んだ形に納得できました。

稲田 僕も最初は、自分に酔っている、戦好きな武将だと思っていました。毛利のお膝元で育ってきたので、気持ちとしても毛利寄りでしたし。でも書いていくうちに、山中幸盛の気持ちが僕の中でどんどん貯まっていって、わかっていくというか。そうなってきて、尼子側もちゃんと書かなければいけないなと。ここに関してはプロットも無視して、小説の中でどんどん人が立っていったという感じがしています。

今村 書く時に常に思っているのは、どっちが正義とかじゃなくて、それぞれに正義があるということ。稲田さんはそれをきちんと伝えている。うまいこと書いてはるなと思いますね。でね、気になるのは、なんでこの作品で春樹賞に応募したのかなと。 

稲田 それは今村先生に憧れていたからです。

今村 嘘や、嘘や! そこまで言わんとええわ(笑)。

稲田 いえ、本当にすごいと思っていて。『童の神』は衝撃を受けました。まずテーマが壮大でしたし、歴史は勝った者が作っていくというようなことを見せながらも、その陰にあった差別のこと、鬼などの忌むべき存在のその息吹までをしっかり描いておられて。平安時代を舞台にされているのも、今までになかったですし。

今村 あの、へんな意味じゃないけど、僕に似ているところもあるなと思って読んでいました。

稲田 すみません、かなり影響を受けてます。

今村 選評で「北方謙三の匂いがある」という意見があったそうですが、僕も北方先生をリスペクトしているので、必然的にそうなってくるのかなと。だけど、同じような影響を受けていたとしても、僕との違いは優しさだと思います。人の見方が優しいんですよ。だからといって、凄惨なシーンが書けないわけでもない。ですから、人に対して優しい見方ができるというのは作品の特徴にもなっていくと思いますね。

稲田 ありがとうございます。

今村 あと、目に見えないものを表現するのが上手だなと。風、好きでしょ?

稲田 はい、好きです。目に見えないということでは、今村先生の作品には効果音みたいなものを感じるんですね。例えば人物の登場シーン。「羽州ぼろ鳶組」シリーズの源吾もそうですが、ドーンという音が聞こえてくるんです。それって、映像としてどんなカメラアングルを持てば表現できるのかなと。

今村 僕の場合、まず映像が頭の中に流れていて、その映像をみんなと共有できたらいいなと思っているので、その二つを繋ぐための文章として書いているというのがあります。アングルは意識したことないなぁ。言えるのは、小説を書くスキルとか構成力というのは後から勝手に追いついてくるということ。だから、持っている特徴を活かしていってほしい。次に書いてみたい武将とかいいひんのですか?

稲田 今はまだこの作品を仕上げることで頭がいっぱいです。もともと、上月城の戦いをラストに持ってきたかったんですが、どんどん枚数が増えてしまって。実はこれ、構想の途中というか、前編なんです。小説賞に途中で出すのは失礼なことかと思いつつ……。

今村 いいんじゃないですか。だって、一冊にまとまってるもん。でも、続編があるんですね。確かに続きが読みたい作品ですよね。

稲田 すでに書き始めていますが、最後まで付き合えたらいいなと思っています。

今村 でも、あと一冊で行ける? すごく丁寧に書かれているので、この調子なら三部作くらいになりそうだけど。

稲田 そうなんです。すでにかなりの枚数になっているのですが、未だ幸盛は織田信長に出会っていません。その後には秀吉にも会わないといけないのに、どうしようかなと。

今村 やばいですね(笑)。

作家として目指す作品と、今後の目標とは


今村翔吾

今村 でも、今はあっさりした味の人が多い気がするから、これくらい書いていくのもいいと思うけどな。それに島根が舞台の小説ってあまりないでしょ? 

稲田 そうですね。僕としても地方で育ってきましたから、いずれは九州や四国などを舞台にした作品を書いてみたいとも考えています。そのためには勉強も必要だと思っているのですが、今村先生はどういう風に歴史の勉強をされているんですか?

今村 正直にいえば、過去の遺産で闘っているところはあります。勉強する時間がなかなか取れないんです。だから、あくまでも僕のやり方ですが、見切りをつける勇気を持つ。資料当たろうと思えば、百冊でも二百冊でも出てきますよね。でも、ある程度読み込んで、自分なりに納得できたなら、たとえ五冊であろうと良しとする。その見極めは嗅覚かもしれません。でも多分、それもやっていくと身についていくものだと思います。

稲田 この作品は書き始めるまでの準備期間が一か月ほどでしたが、読んだのは五冊くらいだったんですね。少ないのかなと書いている間は不安もありました。

今村 わかります。でも、十冊の資料に勝るのが現地に行くことだったりもするし。

稲田 そのお考えは今回の実感にも合っています。

今村 読んだらいいというもんじゃない。―なんか、偉そうなことしゃべってるな、後で北方先生とかに怒られそうや(笑)。

――というより、後輩への愛情がだだ漏れだと推察します(笑)。

今村 いや、ホント! こんなご時世じゃなかったら、銀座か六本木に連れて行きたいですよ(笑)。僕も連れて行ってもらったから。

稲田 ぜひ、お願いしたいです。

今村 いじるよ。いじりたいわー! でも、売れてほしいです。現在は他の仕事をしながらの執筆だそうですが、目指すのは専業作家?

稲田 はい、なりたいです。

今村 なら、文庫書き下ろしもやろうや。単行本と文庫の二刀流。シリーズものでファンを掴んで、単行本で賞を狙って。何賞狙います? 直木賞?

稲田 大きな目標の一つです。

今村 だよね。でもどうしよう。稲田さんが候補に挙がった時、まだ僕取れてなかったら戦うことになるのか。う~ん、なかなかの脅威ですよ。

稲田 いやいや、まだまだです。あの、今日お会いしたらぜひ聞いてみたいと思っていたことがあるのですが、いいですか。作家という人生は、正直、どうですか?

今村 直球やな(笑)。一、二年前だったら、迷いなく楽しいと言えたと思います。ただ、今は言葉を選んでしまうなぁ。新人の頃はドラクエの序盤に近いんかな。成長してくのがRPGのレベル上げに似ていて、レベル20くらいまではわりとすぐに行けるんだけど、20から21に上げるにはすごく経験値いるんやと気付いて。でも、デビューの時から追っかけてくれてる読者さんは、僕が今までと同じ速度でレベル上げしていくと思っている。そのためには今までと同じ努力ではだめで、それなりの時間も費やさないと。そういうプレッシャーのようなものを去年くらいから感じるようになりました。それでも、ここまで辿り着いたなら、石に齧りついてでもやり遂げたほうがいいと思います。振り返って見える景色が絶対に違うはずやから。今こそ人生最大の勝負所やと思って。

稲田 はい、頑張ります。その言葉しかありません。

今村 根性ありそうですもんね。今村翔吾なんて蹴散らしてやるくらいの気持ちで。もちろん、まだまだ負けないという自負は僕にもありますんで。でも、その切磋琢磨が読者さんに対して、一番誠実な答えなのかもしれません。―うん、うまいことまとまった(笑)。

稲田 まずはライバルとして認めてもらえるよう一生懸命努力していきたいと思います。

インタビュー:石井美由貴 写真:三原久明 協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2021年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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