『銀座で逢ったひと』
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銀座で逢あったひと 関容子著
[レビュアー] 太田和彦(作家)
◆信得て肉薄 大家との交遊録
東京に生まれ、幼時より歌舞伎、演劇、オペラなどに通い、文学部を出て、雑誌記者となった著者は『日本の鶯−堀口大學聞書き』『芸づくし忠臣蔵』などの著作で、日本エッセイスト・クラブ賞、読売文学賞、芸術選奨文部大臣賞などを受ける。
仕事で信頼を得ると、後も企画の相談や各種の席に呼ばれるなど厚い交遊が続いた。その今はすべて故人となった三十八人を回想した一冊。
文学者/吉行淳之介、丸谷才一、堀口大學、戸板康二、梅原猛、色川武大、小松左京、井上ひさし、早坂暁…。歌舞伎役者/十七代目中村勘三郎、初代中村獅童、六代目中村歌右衛門、二代目尾上松緑…。俳優/沢村貞子、加藤治子、池内淳子、太地喜和子、平幹二朗、池部良、小沢栄太郎、北村和夫、小沢昭一…。また桂米朝、古今亭志ん朝、岩城宏之、五十嵐喜芳…。
堀口大學にはたびたび和歌を贈られ、丸谷才一には企画を助言され、吉行淳之介はすし屋に誘い、早坂暁は亡き妹を語り、井上ひさしは最高の推薦文をくださった。
狷介(けんかい)と聞いた十七代目中村勘三郎には、紹介なく正面から楽屋を訪ね、正座してお願いし信用を得る。陽(ひ)の当たらない役者の列伝『花の脇役』を著した出版記念会に、十八代目に恐る恐る出席を願うと皆まで聞かず「わかった。俺、その日は受付するよ」と記帳や集金を一切引き受け、正客の脇役衆を感激させた。
岸田今日子と別れた仲谷昇と舞台で共演した冨士眞奈美が、仲谷は再婚していたが、楽屋でぽつんとさびしそうだったと、仲谷との娘に話すのを聞いた岸田の絶妙の返事。
存命中であれば書くのを避けた逸話や本音が、宝石箱を開けるように続く。そこには深い敬愛があり、それゆえに心を開かれていたことがよくわかる。巻末、早逝(そうせい)した十歳違いの兄への一章は、著者自身の姿が現れて胸をつく。
初出の『銀座百点』は向田邦子、瀬戸内寂聴、色川武大、池波正太郎などなどの本を生んだ名誌。商店街の一介のタウン誌がまた一つ、天上の星のような名著を誕生させた。
(中央公論新社・2420円)
エッセイスト。著書『歌右衛門合せ鏡』『女優であること』など。
◆もう1冊
和田誠著『銀座界隈ドキドキの日々』(文春文庫)