働くという行為の中に「他者と繋がっていく喜び」があることを教えてくれる小説2作

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7.5グラムの奇跡

『7.5グラムの奇跡』

著者
砥上 裕將 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065246238
発売日
2021/10/07
価格
1,705円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ハッピーリフォーム

『ハッピーリフォーム』

著者
未上 夕二 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041112519
発売日
2021/10/29
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 仕事・人生]『7.5グラムの奇跡』砥上裕將/『ハッピーリフォーム』未上夕二

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

 水墨画を題材にした青春小説『線は、僕を描く』でデビューした砥上裕將が、第二作『7.5グラムの奇跡』(講談社)で取り上げた題材は、眼科医療。主人公は目の専門の検査技師、視能訓練士だ。

 街の眼科医院で働き出して一年目の視能訓練士の野宮恭一(「僕」)は、就活で連敗続きだった自分を採用してくれた北見院長や、先輩視能訓練士の広瀬さんから叱咤激励を受けながら、患者さんの瞳と向き合い時に心の中までも覗き込んでいく。目が見えにくいという訴え通りの検査結果が出ているものの、原因が分からない小学校一年生の女の子。角膜に異常が発見されても、「カラコンを使わない私は私じゃないんです」と言って着用をやめない女性。定期的に目薬を差せば緑内障の進行を抑えられるにもかかわらず、仕事のストレスで目薬への意識が回らないサラリーマン……。眼科の医療従事者は検査をしながら患者の何を見て、どんなことを考えているのか? 本作は病名当てミステリでありながら、視能訓練士の知られざる現実を描く、お仕事小説でもある。

 野宮は本人も認める「不器用で、いろいろ見落としがちな新米視能訓練士」だが、それは仕事に慣れている先輩たちとは別の視点に立てる、ということでもある。広瀬先輩は言う。「私にできないことを、野宮君ができることだってあると思うよ」「人がたくさんいるってことは、それだけ可能性があるってことだから」。仕事ができると自惚れてはいけないが、全く自信がないのも好ましくない。だから――「自信と疑いとの間でバランスを取って」。

 限りなくニッチな題材ではあるものの、「働くこと」にまつわる言葉の数々は、きっとあらゆる職種の人々に届くことだろう。

 未上夕二『ハッピーリフォーム』(KADOKAWA)は、工務店で働く新米建築士・楠さくらの物語だ。建築士だった亡き父がかつて語った「お客さまの抱えている悩みを解決するのが建築士の仕事」という教えを守り、クライアントとの打ち合わせや図面のやりとりを通じて、クライアント自身も気付いていない真の悩みや真の願望を引き出し、建築を通して解決へと導いていく。これぞ、という最終プランを提案する際の、さくらの決め台詞は「みんなで幸せになりましょう」。その「みんな」の中には、さくら自身も入っている。

 鳴かず飛ばずのスポーツ用品店の「改装」だったはずが「改革」に携わる第一編、山間にある小規模商店街で一挙四軒のリフォームに携わる最終第四編が、特に素晴らしかった。

 二作はともに、生活するうえで生じる痛みや苦しみを描き出しながらも、読み心地は清々しく、心地いい。その理由は、働くという行為の中に、他者と繋がっていく喜びがある、と教えてくれているからだと思うのだ。

新潮社 小説新潮
2021年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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