『嘘つきは姫君のはじまり』松田志乃ぶ 作品に込めた思いとは「十二単とシスターフッド」

エッセイ

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嘘つきは姫君のはじまり

『嘘つきは姫君のはじまり』

著者
松田 志乃ぶ [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087443257
発売日
2021/11/19
価格
792円(税込)

書籍情報:openBD

『嘘つきは姫君のはじまり』松田志乃ぶ 作品に込めた思いとは「十二単とシスターフッド」

[レビュアー] 松田志乃ぶ(作家)

十二単(じゆうにひとえ)とシスターフッド

 私の手元に一冊の〈学習漫画〉がある。
 カバーは変色し、あちこち擦り切れてけばだっている。表紙のイラストは色が抜け、描かれた人物の表情もあいまいだ。なにしろ購入してから三十四、五年も経っているので、ページの端などはすっかり黒ずんでしまっている。
 小学生だった当時、近所の本屋さんにお財布を握りしめてその本を買いにいった日のことを今でも覚えている。二歳年上の兄が歴史上の人物の生涯を描いた〈学習漫画〉にハマり、私もその影響で同じシリーズを読むようになったのだった。多くの既刊のうち、表紙に描かれた少女漫画風のイラストがきれい、という理由で、私はその一冊を選んで買った。
『学研まんが 人物日本史 紫式部』。
 これが私と平安モノの最初の出会いだった。
 人生で影響を受けた本、にその一冊は確実に含まれると思う。何しろ、この本で紫式部を知り、源氏物語を知り、平安世界にすっかり魅了された私は、その衝動のままに初めて小説らしきもの――源氏物語のパロディだった――を書いたのだから。キャラクターもののノートにせっせと話を綴(つづ)り、拙(つたな)いイラストを添え、四苦八苦しながらもなんとかエンドマークをつけたその物語は、恥ずかしさから誰にも見せられないまま、いつのまにかノートごとどこかにいってしまった。
 平安モノとの次の出会いは、中学時代だった。集英社コバルト文庫から出ていた氷室冴子さんの『ざ・ちぇんじ! 』と『なんて素敵にジャパネスク』シリーズである。
 当時は少女小説が大ブーム、私も勉強そっちのけで多くの作品を読みふけっていたが、氷室作品、その中でも特に平安時代を舞台にした作品の面白さは格別だった。読み進めるごとに、眠っていた創作欲が激しく刺激された。
 こんな小説を自分も書いてみたい! こんな生き生きとしたキャラクターを作り出してみたい! 
 ――そして、その十数年後、私は実際にコバルト文庫からデビューするのである。
 初めて世に出した小説は、男子高校生を主人公にした学園モノだった。そして、このデビュー作はさっぱり売れなかった。新人作家としては当然あせる。女性向けレーベルの色にあわせ、主人公は女の子にしたほうがいいのかも。ついでにジャンルもすっかり変えたほうが読者の枠も広がるのでは? 
 担当さんと一緒にあれこれアイデアを絞りながら、ふと思いついた。そうだ、平安モノはどうだろう? それに、平安モノと同じくらい好きだったミステリ要素を加えたら……。
 こうして私にとって二冊目の文庫となる『平安ロマンティック・ミステリー 嘘つきは姫君のはじまり ひみつの乳姉妹(ちきようだい)』が生まれた。
 平安時代を舞台にした小説は――いわゆる“陰陽師モノ”を別にすれば――時代小説というジャンルの中では珍しく、女性をメインキャラクターにした作品が多いのではないだろうか。今回、ありがたいことに『嘘つきは姫君のはじまり』と短く改題して集英社文庫から再刊されることになった本作もまた、没落した姫君の馨子(かおるこ)とその乳姉妹、宮子(みやこ)をダブルヒロインに据えたコメディ・ミステリである。
 書く側からすると、この時代に女性キャラクターを活躍させるのはなかなか苦労する。なにせ、女性に対する制約がやたらと多いのだ。基本的に貴族階級の女性は屋根の下から出られないし、御簾(みす)の外に顔を出すこともNG。高貴な姫君は立って歩くことさえよろこばれないし、異性に声を聞かせたり、まして顔を見せるなど言語道断である。これでいったいどうやって物語を動かし、謎を展開させ、華やかなロマンスを発生させればいいのか!?
 だが、実際の平安期に女流文学が――この言葉自体は、もはや時代にそぐわないと思うが――大きく花開いたように、現代の平安小説でも、自分を含め、書き手たちはあの手この手を使って女性キャラクターたちを活躍させている。書きながら思うのは、華やかな十二単に代表されるこの時代の衣装は、女たちの自由な行動を妨げる重い鎧(よろい)でもあったし、長ければ長いほどよいとされた黒髪は、出家によって断ち切られるまで「女性とはかくあるべし」という強固な理想や因習に女たちを縛りつける鎖でもあったということだ。
『源氏物語』から、現代の平安小説にいたるまで、千年ものあいだ、私たちが平安という時代を生きる女性たちにかくも惹(ひ)かれ、くり返しこれを描き、熱心に読み継いできたのはなぜなのか。それは、一見華やかな衣装に縫い込められた「理想の女性美」という呪(のろ)い、その中に肉体を閉じ込められた物語の中の女たちをなんとか解放しようとする試みだったのかもしれない。彼女たちは遠い時代の単なる空想上のキャラクターではない。なにしろ重い十二単や長い黒髪の束縛こそなくなったものの、古びた「女」の型に私たちを閉じ込めようとする力は今なお頑固に存在するのだから。
 来年、小学生になる私の娘も〈学習漫画〉の一冊を手にとる日がくるだろう。あるいは母親の書いた平安小説を読むかもしれない。千年の時を超えて愛され、読み継がれてきた女たちの葛藤と奮闘、挑戦と冒険のリレーのバトン。その一つを彼女の受けとる日が、今からとても楽しみである。

松田志乃ぶ
まつだ・しのぶ●作家。
2005年ノベル大賞佳作入選。コバルト文庫に「嘘つきは姫君のはじまり」「悪魔のような花婿」シリーズが、オレンジ文庫に『号泣』『赤ちゃんと教授 乳母猫より愛をこめて』『ベビーシッターは眠らない 泣き虫乳母・茨木花の奮闘記』等がある。

青春と読書
2021年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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